君の為の鎮魂の歌



何度も、何度も、呼べずに飲み込んだ名前を思い浮かべる。
漸く呼べる。
漸く、君の名前を、呼ぶ事ができる。
それが嬉しくて、口ものとが緩むのが自分でもわかる。

漸く呼べるんだ。

  シン  と・・・―――






炎の柱が人々の視界に焼き付いた後、程なくして、二人のザフトのパイロットが、月面上から救出された。
二人の少年少女は、まるで対照的であったと、救出隊員達は報告したと言う。

少女は、安堵と少しの余裕を見せ。
少年は、対照的に虚ろな瞳をしており、少女に気遣われながらフラフラと救援隊に収容されたらしい・・・。




「やはり、シンにはショックだったのだろうな。彼には彼なりの、未来への希望があった。」

小さく溜息混じりの声を虚空へ投げかける。

「仕方ありませんわ。彼の希望と、私たちの希望・・・どちらかしか、この世界に存在出来なかった・・・。
彼等は、他の思想を許してはくださいませんでしたもの。」

とてつもなく、深い哀しみを滲ませて言葉を紡ぐ。
歌姫とオーブ首長は、現在、移動中の車内で肩を並べていた。

戦争が一段落し、二人はよく連れ立って公の場に姿を現している。
だが、こうやって本音で話をする時間など、移動中くらいにしかなかった。
人前での発言の全ては、この国の発言であり、他の政治関係の総意であり、コーディネーター全ての言葉へと置き換えられてしまうのだ。
誰の目も憚らず話せる場所など、本当に極々一部。

「だが、だからと言って、どんな言葉も罪滅ぼしになどなれるはずも無い。」
「だから私は、せめて、死んだ者を悼む人々へ、この万感の思いをこめて、詠いつづけるのですわ。」

鎮魂の歌・・・

其れは、死んだ者達への手向けなどではなく、死した人を思いつづける人々への、労りの言葉。
前向きに、力強く、もう一度踏み出して欲しいと思う、深い深い願い。
彼女は其れを、綴りつづける。

「このオーブで。」
「・・・そうだったな。」

彼女は故郷を捨てた。
父もなく、帰る場所も無いからと、彼女はこの傍らに立ち、力になって見せると主張した。
もう、誰にも自分と言う名前で、銃を持って欲しくは無いから。
そう言って、彼女はカガリの楯となることを選んだ。

「ありがとう。ラクスにはとても感謝している。」
「そんな言葉、必要ありませんわ。私は、私の夢を、未来への希望を、芽吹かせたいだけなのですもの。
だから、カガリさんは感謝の言葉など、出さなくてもいいのですわ。」
「未来・・・か。キラは、一体どうするつもりなんだろうな・・・。」


会話が途切れ、二人はキラの言葉を思い出す。




   僕は・・・二人のように、大多数の幸せなんて願えないみたいだ。

小さく微笑んでいた。
ほんのちょっと気弱で、ほんのちょっと優柔不断で、そして、とても、とても優しい・・・・其の空気は、初めて出会った時とよく似ていた。

   だから、行くよ。

何処へなどとは、答えてはくれなかった。

   君たちの幸せを願ってる。
   でも、今は、会いたい相手が居るから。行くよ

受け入れてくれるかはわからないけれどと、切なさや苦しさを、押し隠したような笑顔。
誰に会いに行くのかも、誰も知らなかった。
ただ、行き先が似ているからと、キラは、アスランと供に出て行った。
一度に二人、路は別れてしまった。
それでも、同じ方向に続いていると、二人は知っているから、黙って、キラとアスランの無事と幸せを祈った。








車の中で二人、会話らしい会話も無くもうどれ位したかもわからないが、苦痛ではなかった。

自分には自分の、相手には相手の世界がある。
それに、キラはずっと、なにやら調べ物をしていて邪魔をするのも憚られる。
まぁ、何かあれば言うだろうと、アスランは車のハンドルを握ったまま、今後のことを考えた。

父のことや、今回の戦争の事もあり、プラントでの自分の位置はとても難しいだろう事。
それでも、其処に戻り何かできないかと考えている。自分の今後の事。
おそらく、自分を押す者も少なくないだろうが、逆に、殺したい程憎んでいる者も少なくないはずだ。

いつか、自分は誰かに撃たれるか刺されるかして死ぬだろう。

其れでも構わなかった。
目差す未来が、今はほんの少し見えている。
大きすぎる未来だけれど・・・それでも・・・。


「アスラン」
「・・・ん?どうした」

今までずっと調べ物をしていたキラが、唐突に話し掛けてきたのを期に、アスランは思考を中断させた。

「一緒に捜して欲しい人がいるんだけど・・・。」

いいかな?と、問うように語尾が小さくなるキラに、苦笑をこぼす。

「キラ、頼みたいなら、何処で、誰を探したいのか言ってからにしてくれないか?」

彼の悪い癖だった。
相手の意志を気にしすぎるが故の行動パターン。
でも、其れこそが、長所でもある。

「ステーションで、まだ時間あるでしょう?その時に、君の後輩の、ルナマリアって子がどこかにいるはずだから・・・。」
「・・・ルナ!?」

驚きで、一瞬言葉を失う。
本当に、驚きと言うか、意外というしかないというか・・・・。
とにかく、二人の接点など無いはずだと、思考を巡らせる。

「正確には、別の子なんだけど、多分、見送りに来ているはずだから・・・・。」
「・・・ああ・・・分った・・・。」

いまいち、正確性に欠ける情報では有るが、キラのハッキング能力ならば、おそらく其の情報は正しいのだろう。
アスランは、そう一応納得し、頷いた。








「先に帰るね」

そう、彼女は言った。

「何人かは、此処に残ってオーブで働くみたいだけど、私は、両親の事もあるから・・・。」

気遣う視線に、今はただ、切ない。

「妹も残って、私までも残る事なんて出来ないし・・・・その・・・また、会えるって信じてるから。」

ちょっとだけ空元気を見せたが、直ぐに意気消沈して、言葉を詰まらせる。

「・・・元気で。」
「うん、シンもね」

ぎこちない空気。
ぎこちない手つきで、握手を交わす二人。

何処で間違ったのだろう。
確かに、守りたいと感じた。
愛しいと感じた。
でも、今はちょっと違う。
何が食い違っていたかなんてわからないままだった。
あの日、彼女に告げられた言葉の意味を、今でも考えている。




「・・・・・・・私は、シンに何もして上げられなかったね。」
「え?」

海を模した月の海岸で、僕らは一度話をした。

「いつもシンに守ってもらってばっかで、シンの気持ち、本当には理解してなかった。」
「ルナ?何を・・・」

其れまでは、色々検査だとかなんだかんだと忙しく、俺たちは会話らしい会話も無く、この時間も偶然の産物だった。

「私、シンの居場所にはなれない。ごめんね」

真っ直ぐ向き合う僕らは、絶対に触れ合う事の無い程度の距離を保ったまま固まっていた。

「ごめんね。本当はもっと早くに、たくさんの事伝えなきゃいけなかったはずなのに。アスランのことも・・・・」
「・・・え・・・!?」

聞き返そうとしたけれど、ルナの頬に伝う涙に、言葉を失った。

「ごめんね」

そう言って、彼女は泣いていた。
それでも、ルナに触れる事は、俺には許されていなかった。




俺たちは何処ですれ違ったのだろう。




「シン・・・ルナ・・・!?」

唐突に、問い掛けるような知っている声に、二人揃って弾かれたように顔を上げた。

「あ・・・」
「アスランさん・・・!!」

揃って動揺を隠せないまま、其の人と正面から向き合う。

「お元気そうで。」
「そっちこそ。これからプラントに戻るのか?」
「ええっと・・私は、これから戻ります。」
「そうか。」

ルナは、アスランと話し始め、シンはなんとなく話す気分でもなく、ふいっと視線をそらし、回りに向けると、見覚えのある姿を近距離に見つけた。

「・・・?」
「・・・」

その人の視線から、其の人がアスランの連れもしくは、知り合いであることはすぐに分かるが、どういう関係なのかなんて、わからないから、首を傾げる。
しかし、二人の会話に割り込んで聞く勇気も無く、気が付くと、ルナは時間が迫っていた。

「あ、じゃあ、私行きますね。」
「ああ。元気で。」
「はい。アスランさんも。シンも、元気で」

片手をふり、去っていく其の背中よりも、近距離にある横顔に意識はひきつけられる。
見た事のある顔。
オーブで会い、会話を交わした。
あの時の彼の言葉が、今でも腹立たしいと感じる時がある。
でも、彼の瞳だけをふと、思い出す瞬間があった。
其の瞬間は、彼の言葉の意味を、もっと違う捉えかたがあるのかと迷ったりもした。
今、彼は何を思っている・・・?

「悪い、キラ。話し込んじゃったな。」
「ううん。そうでもないよ。ところで、彼は・・・?」

二人がシンに視線を向ける。
其れにシンは、ぷいっとそっぽを向いて、視線をはずした。

シンは、キラの視線がどうしても苦手だった。

「ああ、彼はシン。シン・アスカ。元ザフトエースパイロットだ。シン、こっちはキラ。キラ・ヤマト。俺の幼なじみ。」
「幼なじみ・・・?」
「よろしく、シン・・くん・・?」

ふわりと笑って差し出された手に、戸惑いつつも掌を重ねる。

「・・・シンでいい。」
「そう?じゃ、シン。僕のこともキラでいいよ」

其の笑顔は、今までに無いような・・・―――

キラの笑みに、真正面からをれを見たシンはほんの少し赤面し、アスランは目を見張った。
其れは、今まで見たことの無い笑みだった。

「・・・」
「よろしくね。」
「はぁ・・・よろしく・・・」

其の笑みに、なんとなく、キラの内心を垣間見た気がして、アスランは言葉を紡ごうとしたが、やめた。
彼の思いがどうあろうと、アスランには何かを言う資格などありはしない。
彼らは互いに、違う個々の人間だから・・・。
そして、誰にも何もキラの今までの思いなど、わからないのだから。

「・・・キラ、俺もそろそろ時間だから。」
「え・・・あ、もうそんな時間なんだね・・・。気をつけて」
「ああ、お前も、元気でな。また、暇ができれば会いに来る。」
「うん」

それだけ話し、別れを告げた。
自分は、新しい未来を紡ぐために、プラントへ。
もう、誰も待っては居ないけれど、帰る場所は此処にある。
ただ、ルナの語った言葉が気になった。
シンに、自分は何も話せなかったと嘆いた。
彼女は、シンの事が本当に好きだったのだろう。
其れでも、ただ守られるだけの自分では駄目なのだと、言っていた。

『シンは、きっと対等な人間が必要なんです。
自分が守らなければ、何かしなければ、自分の居場所をもてないなんて、辛すぎます・・・。』

あの最後の一言は、シンの今までを的確に現していたのかもしれない。
ルナと話しながら俺は、ステラという少女を、なんとなく思い出した。
だから、そっとキラに耳打ちをした。

「シンが気になるならがんばれよ。」
「えっ!?」

弾かれるような反応に笑い。
キラが本気なら、シンは救われるかもしれないと、本気で思った。

「じゃ、シンもまたな。」

後ろを振り返らず、ゲートへと小走りに去る。
未来を誰も、知ることなど出来はしないけれど、僕らは今でも夢を見る。
愛しい者と、生きられる未来を。