君の為の鎮魂の歌
初めて知った名前に、触れた手の平。
何度か見た、其の瞳は、深い深い紫。
忘れる事など無い。
其の瞳の持ち主が、此処にいる偶然に、驚く。
其の人が、名前を呼んで、心底幸せそうに微笑んだ事に、またひたすら驚かされてしまった。
あの日僕らは、“今日”を生きる事を、もう一度はじめた。
「・・・・・」
「・・・・・」
二人っきり、取り残された後、なんとなく気まずくて、シンは内心途方にくれていた。
アスランが見えなくなるまで、キラはゲートを見据えていたが、見えなくなると、クルリとシンくを振り向いた。
そうして彼は、にっこりと微笑んだ。
『よろしく』
と、他人行儀な挨拶をされ、握手を交わしたついさっき。
その時の感覚をなんと言い表せばいいだろう。
本当は、何度も顔を合わせたことがあるのに・・・。
最初、そんな気持ちがぐるぐるした。
その理由も知らずに。
そうして分ったのは、キラがまるで知らない相手を扱うように話し掛けてきた事と、幸せそうにしている事が、ショックだったのだと言うこと。
でも、そんな気持ちを理解するまでに、シンはかなりの体力を消耗した。
「シンは、これから何処に行くの?」
振り返った彼は、唐突にそう聞いて来た。
シンは、一瞬黙り、それからとりあえず返答をする。
「・・・行く場所なんか・・・」
帰る場所も無い。
待ってる人も居ない。
もう、何処にも居場所などなかった。
だから、行く場所だって・・・。
「そう、良かった。」
弾むように紡がれた言葉。
其れを聞いて、一瞬訳がわからなかった。
なぜ、良かったなどといわれなければならないのだろう。
心底疑問だった。
自分の不幸が楽しいのか?
そう思ったら、かっと怒りが湧き出した。
「良かったって、なんでですか。」
睨みつけるようにキラを見、刺だらけの言葉を紡ぐ。
けれどキラは何処吹く風で、いたって平素のままだった。
「僕も行くところが無いからさ。」
不可解だった。
なぜそれで良かったと言う台詞に繋がるのだろう?
訳がわからない。
そうしてとりあえず、冷静になろうと、視線をはずした。
ふと、其処が人ごみであることに気がつき、考えを纏める為にも、シンはキラに移動しないかと提案した。
シンにとって、今まで何度と無く見たこの相手はとてもわかりにくい相手だった。
考え方も何もかも、相手と自分は違いすぎていると思う。
はじめて出会った時も其の後も、多くは交わす事も出来なかったけれど、交わされた言葉の端々から、いつも感じていた事だけれど・・・。
「僕と一緒に暮らしてみない?」
唐突に言われた言葉に、先を越された。
折角場所を変えたのに、場の空気は、さっきと同じくキラが支配していた。
其れは、マイペースで、ゴーイングマイウェイなキラだからこそであり、シンが対人関係において、経験値が低いためでもあった。
まぁ、其れで無くともキラの考えは、他人には見えづらいものがあり、その理論展開は素晴らしく独自の形を描いているのだから、シンが手綱を握られてしまうのは致し方ないことだった。
だから、海の近くの其の場所で
「はぁ?」
と、シンはおもいっきし眉根を寄せ、何言ってんだというオーラ丸出しで、半ばどすの効いた低音を搾り出してしまった。
そんなシンに、キラは何処吹く風だから、シンはキラをいぶかしむ。
「本当はね、僕、アスランを見送りに来たんじゃなくて、君に会いに来たんだ。」
ホエホエと、ありえないことを言う。
シンがあの場所に居たのは、唐突にルナが帰ると決まったからだ。
どうしてそんな場所に彼が先回りできるだろう。
「本当だよ。ずっと気になっていたから・・・・君の事。
君は、議長の事ずっと慕って、信じて、其の力になれば其処に居られるって必死になってるように見えたから。」
ちょっとだけ心配だったんだと、彼は言う。
そんな言葉、シンにはどうでも良かった。
色々を失った。
ずっと走ってきたのに、其処から続くはずだった全てが、続いて繋がっていた全てが、今はもう、何処にも無い。
やってきた事の意味も、既につぶされたようなものだ。
ずっと、何も手につかなかった。
ただ、ルナは居てくれると思っていたのにと、呆然と自分の事を振り返ったのはつい最近。
自分に未来など、望みが湧かなかった。
明日など思うことも無い。
今日を生きることなど、意味も無かった。
だから、心配されても意味は無かった。
ただ、ほんの少し気になった。
彼の色々・・・。
「なんで」
キラの動きや心に対する言葉はぐるぐるしたけれど、言えたのはたった一言だけ。
「俺に構うんだ?」
たった数回邂逅しただけの相手のはずだ。
たった数回言葉を交わすだけ交わして、理解しあうことなく毎回分かれては、偶然に出会った。
それだけ・・・
「シンは、自分自身が好き?」
「は?」
問いかけに、問いかけを重ねて、相手の出方は卑怯だと感じた。
「僕は嫌いだった。自分が。力が。取り巻く環境が。」
生きることが、息を吸う事すら苦痛と感じているかのように、眉根を寄せる顔に、チリリとした何かがよぎる。
「君は、そんな僕に似ていた気がしたから。」
それが答え。
キラが、シンを、構う答え。
同情でも、優しさでもない。
ただのエゴ。
利己主義的な情動は、半ば、自分自身の傷を自分で労るのに似ているかもしれない。
「そして、僕は君より強いから。」
「・・・・」
続いた言葉は、どんな意味が含まれているのか、シンが理解する前にキラは其の手をとる。
「強がる必要も、無理に守る必要も無いんだ。
僕は、君の事がとても気になっていて、出来れば、君が君の居場所だと感じてもらえる場所になりたい。」
「!?」
目を見開くシンに、微笑みかけて言葉を重ねる。
「君が、たくさんの死を乗り越えるまで、一緒に居させてくれないかな?」
初めて、照れたように微笑んだ。
そんなキラを、深紅の瞳は見つめ続けた。
視界が揺らいで、相手が一瞬歪んで見えた。
「え・・?」
そうして初めて、涙が零れた事を知る。
ずっと求めていたものは、居場所。
必要とされる事。
揺らがない絆。
そうして得た絆が、居場所が、無くならないように、守りつづける事。
守りつづけられる自分。
守っている自分を、誰かが求めてくれる事。
メビウスの輪のように其の願いは捻れて巡る。
議長は、そんな場所を自分にくれるはずだった。
でも、其れはとても不安定な絆だと知っていた。
だから、必死でしがみ付こうと、それ以外をなぎ払おうと、もがいていたんだ。
いつまでも、自分は何も乗り越える事が出来ずに居た。
誰かの優しさも、本当の意味では、受け入れる事など出来ていなかった。
「だめかな?」
気弱げに、其の相手は首を傾げた。
駄目などというはずも無く、頷いた。
其の瞬間、また涙が零れ落ちた。
「俺は・・・本当は弱くて、ずっとずっと・・・!!」
「うん。」
「怖かった。」
「うん。」
「怖かった!」
「大丈夫。僕は、君を置いていかない。君を、支えて居つづけて上げられるよ。」
堰を切ったように、小さな嗚咽が大きな泣き声に変わった。
すがり付いて、小さな子供のように其の肩に顔を押し付けて、シンは涙を流し続けた。
其れまでのたくさんの不安から逃れるように。
押しつぶされそうな恐怖を隠す事も無く。
キラは、そんなシンの背を、ずっとさすり続けた。
優しく、優しく、何度も、何度も。
彼の声が彼果てても、しゃくりあげる声が聞こえなくなるまで。
「もう一人じゃ、嫌だ・・!!」
「大丈夫。」
朝日と一緒に目を覚ましたら、一緒に日の光を浴びて食事をしよう。
昼は掃除や買い物をして、一緒に町でたくさんのものを見よう。
夜は安らかな気持ちで寝られるように、手を繋いで寝るのも良いかもしれない。
春は花見をしにいこう。
梅の花を見て、昔の伝承を語ってあげよう。
夏は花火や祭も良いけど、川で冷やした野菜や果物を二人でかじって、美味しいと笑えれば良い。
秋は落ち葉を集めたり、焚き火をして焼き芋なんてしてみたり。
冬は二人で雪だるまを作ってみようか。
一人じゃ作れないくらい大きな雪だるまが出来たら、かまくらも其の隣りに作ってみたい。
「シンがいつか誰かを見つけて、大丈夫だと言って其の人と生きて行けれるようになるまで、一緒に居るから。」
いつか、君は僕じゃない人に恋をして、僕の存在は必要なくなるだろう。
そしたら、僕の役目は終わって、君の傍にはいらなくなる。
それまでは、君の為の歌を綴っていよう。
この地で・・・―――
‡ ‡ ‡ ‡ ‡
珍しいカップリングで短編??というか、中編です。
自分の中ではシンキラな感じとして書いたのですがね。
他の方から見たら、キラシンに見えてしまったりするのでしょうか・・・(汗)
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続き書けよ!!ってのもありですよ〜(苦笑)