それでも平和な僕らの日常  3






うわさを聞いた。
多分それは、あの三人のこと。
多分それは、僕が戦う相手の事。

でもうわさだから。
とか
僕には関係ないことだから。
とか

そんな悠長な台詞は僕には言ってられない。
模擬戦は、僕にとって只遠いだけの、大人の世界の産物じゃないから・・・。



 はあ
色々考えているとひとつ、溜め息が出た。
戦争を回避するためのシステムとはいえ、やはり、この戦いの意味を問いたくなる時だってある。
この手を嫌いになる時がある。
誰も、分かってはくれないけど・・・。
理解できないといいながら、理解したくないと突っぱねる友人達。

今季も、模擬戦の出場が決まった。
両親や、友人達は、笑顔でおめでとうといってくるが、全然めでたくなんてない。

この手に残る感触が、僕に、この手を嫌わせる。


「また、独りで・・・・。」
「あ、すみません。」

優しい少女。
心配そうに僕の顔を覗き込むその人に、笑顔を向ける。
いつも、いつでも、この人には笑顔を覚えていてほしいから。

「いつもそうやって・・・独りで悩まないでほしいと何度も・・・」
「ごめん。」

お茶をテーブルに置く手は、すごく繊細。
近くにある、其の人の顔に額を寄せる。

「ごめん・・・」


少し怖いんだ。
好きだから、拒絶されたら生きてゆけない。
理解しようとも、聴こうとさえしないあの人たちのようにされたら・・・。

僕は、生きてゆけないから・・・・。


「いつまで此処に居られますか?」
「・・・・多分・・・お話がまとまれば、すぐ・・・」
「もっと時間があれば嬉しいですね。おたがいに。」
「はい、でも後もう少しの辛抱ですもの。そうすれば、もっと今までより時間は取れますわ。」
「そうですか・・・。」
「どうかしましたか?」
「いえ、嬉しいなって、思って。」

心からそう思って、僕は愛しいその人に微笑んだ。
自分より、少し年上のその人も、僕に柔らかく微笑みかけた。
その笑顔は、本当に天使のようなもので、僕は息を飲んだ。


その人は、ずっと憧れていた人で
ずっと遠いままだと思っていた人で
同じように憧れ、そして尊敬していた人のフィアンセ
とても遠かった人

かつて僕等の間にあった接点はなくて。
接点と呼べるものは、憧れの先輩と音楽だけで。
此処でこうしていられる事を、時々疑ってしまう。
だから、こうしていられるようになった、接点となるきっかけの、この手がとても好きだった。



「もう時間ですわ。」
「もう・・・ですか。少し寂しいですね。」
「又来ますわ。」
「ええ。次の予定はどちらですか?途中まで送ります。」
「まあ、お願いします。目的地は―――。」


そうして僕らは門を出た。


「まだ、あの人は学校のはずですから。」
「平日ですから。」
「あら?おかしいですわね」

悪戯っぽく少女は笑い、運転席の僕を伺い見た。

「僕は今日は病欠ですよ。」

くすり、と笑いそこへ向かう。
君の初めの戦場となる場所に・・・。

「ついてなくていい?」
「この位、全然平気ですわ。」

にっこりと微笑み、確かな足取りで彼女は校門をくぐった。
その背を見送る僕には、決意を秘めた少女の小さな悲しみは見えなかった。


「彼方の苦しみをどうしてあげることも出来ない事に比べれば・・・。」