それでも平和な僕らの日常 7
走りながら、心臓が痛かった。
あえぎながら、空気が入っていっているのかもわからない位、肺が痛かった。
走って走って、もう、どこかに行けれたらいいのにと、心から思った。
アスランに婚約者がいること。
初耳だった。
僕だっていること黙っているけど。
僕だって、それを隠しているけど。
「いたい・・・・」
呟いて、この心のありかを再確認してしまう。
何処へなんて考えずに、ただ走って。
ああ、もう僕は何をやっているのだろう?
手の届かない物なら、もう、諦めればいいじゃないか。
ずっと、そうしてきたのだから。
そうやって生きてきたのだから。
小さなカガリのために、たくさんの物を捨てさせられてきたではないか。
なら、この心一つ、捨てたってかまわないだろう?
そうすれば、変なジレンマからも開放されるのだから。
考えながら、走りつづけていると、後1メートルほど先の角から人影。
「あ・・・・!」
気付くのが遅くてキラは止まれなかった。
全力疾走していたのだから、無理もない。
正面から激突して、地面に転ぶ。
一瞬スローモーションのように流れる。
地に落ちた瞬間からまた時が流れる。
「・・・う・・・っく・・・」
その瞬間、涙が零れた。
ずっと押し留めていた物が流出する。
自分には、彼を如何こうする資格などありはしないのに。
「だ・・・大丈夫ですか?」
ぶつかった相手らしい少年が、心配そうに屈んでキラを見ている。
紅い瞳が焦りと、戸惑いを生みながら、真っ直ぐ瞳を見つめてきた。
「ご、ごめっなさ・・。大丈夫です。」
こんなところで思わず泣いてしまうなんてと、急いで目を拭って立ち上がる。
恥ずかしかった。
「そう・・・?良かった〜。」
ほっと、少年は胸をなでおろし、微笑を見せた。
「あ・・・」
「え?」
「きみ、怪我してる!」
ふと、キラは少年の肘から流れるそれに気がつき、その腕をつかむ。
「ご、ごめん。どっか近くに水場あったっけ。」
回りを見あわたしても、この辺りには、公園など無かったはずだと思い当たる。
家に帰ったほうが早いなと、少年の腕をとったままつかつかと歩き出した。
「えっあ、あのっ!」
「うち、この近くだから、手当てさせて。」
「でもっ・・・」
「僕がよそ見しながら走ってた所為だし。ね?」
「はあ・・・」
キラは、ぶつかってしまったその少年を言いくるめて家路に着く。
今は、アスランのことを考えたくなかった。
胸が痛い・・・・。
「ただいま〜。」
「お・・・おじゃまします。」
キラの家に着くと、母親は買い物に出ているらしく、なんの返答も無く、少年は気後れしつつ、部屋に足を踏み入れた。
狭くないが、広すぎもしない家。
キラは、居間に少年を通すと、此処で待ってて。と、救急箱を取りに別の部屋へ行ってしまった。
所在無く、部屋を見渡していると、部屋の一角。
棚の上に、たくさんの写真があるのを見つけ、それを眺めた。
母親らしい女性と、父親らしい男性、此処まで引っ張ってきた少年。
それから、よく一緒に映っている、少年に全くにていない少年。
「??」
「それ、幼なじみなんだ。」
「わ・・・!」
いつの間にいたのか、すぐ横からの声に、驚きの声をあげてしまう。
「ごめん。驚かせちゃった?」
くすくす笑うその相手に、何だかちょっとばつが悪い。
座って。と、促されてソファーに座ると、相手が屈んで、初めてしっかりとその目の色を見る事ができた。
その綺麗な紫電の瞳に、見惚れてしまう。
何気ない日常の中の、思わぬ出来事。