それでも平和な僕らの日常   9





後期になって四人目の、編入生。
不自然な時期の、不自然なそれ。

何かが始まる足音は、もう、そこまできていた。



「あら、キラさんではありませんか?」

その日、校内で、一番聞くはずの無い声を聞いた。
此処にいるはずの無いそれに、驚きよりも、戸惑いが先行する。

「あ・・・えっと・・・アスランの・・・・」

フィアンセ…―――

「まぁ、覚えていてくださいましたの!?嬉しいですわ。」

その少女は満面の笑みでそう言った。

「やあ、ヤマト君。知り合いだったのかい?」
「・・え・・・えっと・・・」

と、その少女の後ろから、この学校の教師である男性が、会話が途切れるのを待っていたのだろう。声を掛ける。
しかし、ハッキリ言うと、初めて会ってから数日しかたっておらず、しかも、知り合いというほど相手の事など全く知らないのだから、そんな事を聞かれても、困ってしまう。
何と答えたらよい物か・・・・キラは言葉を捜す。

「そうなんですの。」
「えっ!?」
「あ、そうなんだ。そうだよね。ヤマト君はザラ君と仲が良かったから、当たり前か。」

彼女の一言に驚いたが、そのさわやかな教師の一言に、目の前が暗くなる。

当たり前なんかじゃない。
アスランと仲がよくても、僕は、彼女の事なんて知らない・・・・。
話してなんてもらってないもの。

「ちょうどいいですわ。ねぇ、キラさま、校内の案内をしてくださらない?
これから案内していただこうと思っていたのですけど、職員の方の手を煩わすのもなんですし。」

ね?と、問いかけられて、また返答に詰まる。
一緒になど居たくは無い。
でも、ハッキリと嫌だと主張する事もできない。

「それはいい。ラクスさんも、お友達に案内してもらえる方がいいでしょう?」
「ええ。」

二人は笑顔で会話している。

僕は・・・・

どくどくと心臓の音が五月蝿かった。

「じゃあ、ヤマト君よろしくね。」
「は・・・い・・・・」
「今日は、ありがとうございました。」
「いえいえ。」

去っていく教師に、少女はにこやかに手をふっている。
仕方なく返事をした僕の気持など、知る由も無いのだろう。

何で、僕が、こんなことしなくちゃいけないのだろう。

「・・・・済みませんでした。」
「えっ?」
「いきなり声を掛けてしまって。」

少女は心底すまなそうに話す。

「いえ・・・」
「アスランから、貴方の事をいつも聞いていましたの。だからつい・・・自分も話をしてみたいと思ってしまいましたの。」
「・・・アスランから・・・」

僕には話してはくれなかったのにね。

「これから、お茶しにいきませんか?」

にこやかに微笑み、返事も聞かないまま、少女はキラの腕をとって歩き出す。
 ふわふわの髪。
 優しい手。

「申し遅れました。私、ラクス・クラインですわ。」

 甘やかな声。
 ”ラクス・クライン”
これが、アスランの婚約者・・・。





別の棟の廊下を、中睦まじそうに歩く、その二人の姿に、疑問と共に嫉妬がよぎる。

なぜ、此処にいるのか?
なぜ一緒にいるのか?
というか、そもそもどういった経緯で、仲良くなったのか?

何処に向かっていくかと、視線で追い、カフェテラスらしい事を察し、小走りでそこに向かう。


不自然なそれ。
でも、日常だというかのような自然さ。

誰も知りえぬ場所で動く。
たくさんの思惑。
それに踊らされているような気がするよ。






今日だって、明日だって、同じように続けば永遠になる。
だから、何も変わらない日常がいい。

其れなのに・・・


目の前にラクス・クラインという少女が、緩やかな笑みでカップをもち、こちらを見ている。
彼女は、非日常と言うサザナミを呼び寄せた。
僕はというと、それに、微笑み返し、やはりお茶を飲んでいた。
これは日常なのだと、波に飲み込まれないように・・・・。



この情景は、ほかの人間にはどのように映るのだろう。



「一人で行動するための口実・・・といったら、怒りますか?本当は、この校舎の構造は、把握してますの。」
「・・・だと思いました。ここまでまっすぐ向かわれた時に、だいたいは。」
「まぁ、さすがキラ様。アスランの仰るとおり、優秀な方ですのね。」
「別に、優秀とか、そんなんじゃ・・・・」

少女との会話は、苦痛だと感じた。。
その話し方が癇に障るのか、はたまたテンポがあわないのか・・・・
そのどちらともいえる気がするなと、思いつつ、冷静な部分で少女を観察する。

緩やかに笑うさまは、誰をも落ち着かせ。
そのしぐさや話し方は洗練され、彼女の言葉であれば、どんな凶悪犯も、言うことを聞いて、楽になりたいと願いそうな・・・・。
だがしかし、そのやさしげな緩やかなそれに隠された何かは、とても、信用はできそうにない。

「それに、聞いていた通り、とても可愛い方ですのね。」
「・・・はい!?」


破壊された“日常”の間から、零れ落ちたのは、訳のわからない少女。
其の襲来に、“今後”というものについて悲観する。

平穏な日常なんて本当はなかった―――。