それでも平和な僕らの日常   10


非 日常に、嘆く。
“今まで”のままで居たかったのだと。
“このまま”が、一番心地良かったのだと。

そうすれば、僕は、この感情を知らないまま、サヨナラする事もできたはずなのだから。



思わぬ台詞にカップを落としそうになる。
少女はニコニコと、表情を崩さない。

「か・・・可愛いって・・・」

だらだらと、冷や汗でも伝わってきそうだ。
だって、こんなふわふわで可愛いというか、きれいというか、そんな少女に、『可愛い』などといわれるなんて事・・・・。
あっていいものだろうか?

かつてないほどに、アイアンデンティティが崩れていくのを感じていた。

なのに、目の前の少女は笑って続けていくから。
何だかおいていかれた気分だ。

「いつも、アスランの大切な人はたった一人でしたから・・・会ってみたいと思っていましたの。
あの人が好きになれる相手というのを。」

不可解な台詞だった。とにかく耳には入っていくのに、頭には入ってこない言葉たち。
そんな僕を、そのまま置き去りにしたままに、彼女は喋る。

「あの方に好かれるというのも、大変ではありませんか?」
「ラクス!」
「!?」

そんな折、いきなり背後から抱きしめられた。
とがめるように発せられたその声で、その主はアスランだとわかった。
ただ、その腕と言葉の強さに、体が硬直する。

「なぜ此処にいるんですか」

声も硬く、強い語尾。アスランは、ハッキリと怒っている様子をあらわにしている。
それもまた、驚きの要素。

「まぁ、アスラン。そのように怖い顔をなさらないでくださいな。」

ラクスはそんなアスランの様子すら、さらりと流して微笑む。
コロコロと笑う様に、アスランの怒りのボルテージが上がっていることを感じた。

「ただ、キラ様とお話をしたいと思っただけですのに。
貴方がなかなか動かないから、何かして差し上げたかった。ただそれだけですのよ。」
「それが余計だというのです!」

ラクスの言葉に、間髪入れずに怒鳴る。
だが、二人は此処が何処だか認識しているのだろうか?
学校のカフェテラスで、これだけ騒いで・・・・。
ああ、明日どんな噂が流れるかわかった物じゃない。
口さがない学生達。
暇つぶしの噂は思わぬ方向に進展するから、想像もつきやしない。
考える事を放棄する。
だって、それが賢明でしょ?

もうほとんど口を挟む事を諦めて、座って様子をうかがい続ける。

ああ、この間といい、今回といい、其の後が怖いことだらけだ。

どんどん日常がわからなくなる。
君といる日常。
何を普通といったかな。

「この間の事だって!!」

アスランの怒鳴り声が五月蝿い。
ラクスのゆるやかな返答がうざい。

「アスラン。こんなところで何を騒いでいるんですか」


救いの主は、思わぬところから現れた。



何でかな。
うまくいかないね。

日常を日常といえなくて。

日常は遠くなって。

君は僕から遠くって。


学生ならば、こんな風に、騒ぐ事を、本当は日常というはずなのにね。