それでも平和な僕らの日常   11



「シーゲル・クライン・・・・これは、どういうことです?」

柔らかなそれでいて何か、底冷えのする恐ろしさを感じさせる声音が、壁に反射し、部屋に響く。
決して荒げる事のない声音。
そうして出された資料に目を通し、シーゲルは目を見開く。
そこに添えられているのは、娘の写真。

「なぜ、ラクス・クラインがあの場所にいるのだ?」
「しかも、このような事実、我々は許したはずがないのだが?」

そして、編入届けと、それを受理したとされる書類。

「・・・これは・・・」
「このような事、あってもらっては困るな。」
「我々は、計画の進行が、乱されるのを、快く思わない。」
「わかっているな。シーゲル・クライン」
「これは、貴方の監督不行き届きの結果ですよ。早々に、貴方の娘を連れ戻してください。」

いくつかの言葉を、最後に括ったのは、あの、優しげな声。
柔和な話し方に相反し、其の声は強制力を持って放たれる。

「し・・しかし・・・」
「何か、問題でも?」

男の目はすぅっと細められる。

「娘は今まで、最低限の決まりだけ守らせ、他は全て彼女の判断に任せてきました。
呼び戻すにしても・・・・」
「ふむ。説得は、難しい。ということかね?」
「は・・・」

シーゲルは半ば汗をかきながら返事を返す。
彼らを敵に回すわけにはいかない。
しかしながら、娘であるラクス・クラインの説得も、容易緒ではないのだ。
会話の中で、何とか打開策をとシーゲル・クラインは考えあぐねる。

「だがね。このように勝手な事をされると困るのだよ。」
「我々は、この計画を永きに渡って実行せんとしてきた。」
「それを、君の娘一人のために・・・」
「まぁ、お待ちください。皆様方
ラクス・クラインの行動力や、精神力は、我々が一番よく知るところ。
なれば、彼の動きが功を奏さずとも、此処は一つ、目を瞑ってもいいのでは・・・?」
「しかしっ!」
「まぁ、これで何事もなければ良し、そうでなれば、いたしかたありません・・・そこのところは、彼もよくわかっているでしょう」

そう言って、向けられた視線に、息が詰まる。
彼は暗に、何かあれば、ラクスを殺さなければならなくなると、言っているのだ。

「ご・・ご温情ありがとうございます。」

シーゲルに、それ以外の言葉など用意できるはずもなく、彼は頭をたれ、退出していった。








まったく・・・と、溜め息混じりに放たれた言葉は、半ば親しみと優しさがあり、後残りには、呆れと諦めとが半々といった体でもあった。
そんな溜め息を吐いたのは、その場にいる者の中で一番年下であるニコルだった。

「あんな人が多い場所で騒ぐなんてどうかしてますよ。特に、こんな目立つメンバーでなんて・・・」

信じられません。と、ちょっと睨みつけられて、アスランはばつの悪そうな顔をした。

「悪かったよ。考え無しで。」
「そうですよ。明日、どんな噂が流れても知りませんよ。」

つんと澄まして言い放つ。
時折、ニコルは誰よりもアスランに強くなる。
それにちょっと笑ったら、アスランに軽く睨まれた。

「まぁまぁ、皆さん今回の事は其れ位にしてゆっくりお茶でも飲みませんか?」

当の、今回の騒動(?)の原因とも言える其の少女は、ゆったりと言い放ち、コロコロと笑った。
彼女は結局何を考えているのか、僕にはわからないけれど、彼女の言葉に、アスランは剣呑なオーラを放ちながら黙った。

自分の幼なじみのアスラン。
アスランの婚約者である少女。
アスランの後輩で、自分の後輩でもある少年。
つながりのわからない組み合わせ。
たまたま巡り会ったはずなのに、そんな気がしないのは、なぜだろう。

「結局、ラクスさんは何をしに来たんですか?」

「「あ・・・」」

どんどんそれていく話。

だから、とにかく其れを聞いてみた。
このままだと修正されないし。

もう大人しくしている事も、バカらしくなってきた。

もういいよ。
君はそっちにいるんだ。
僕はあっちに行かなきゃいけないことは決まっていたんだ。

此処での出来事は、日常と言う題名のおままごとでしょ?

ならもういいよ。
いらないよ。

君との別れが、早くなる。
たったそれだけだもの。
それだけだもの。


「私、今度こちらのカレッジへ編入する事になりましたの。」
「・・・」
「「えぇ!?」」

にっこり笑われて、あ、そうなんだと流したら、唐突に、驚きの声があがった。
其れは、アスランとニコルから。

「ど、どういうことですか?」
「此処に編入なんて、其れこそ、スキャンダルでは!?」
「でも・・・もう決めてしまいましたもの。」

にっこりと、意志を決めてしまったものの笑い。


何だか・・・なんとなくわかった。
わかってしまった。

柔らかさの向こうにあるものは、鋼のように硬くて、針のように真っ直ぐな、意志なのだと。
信用できないのではない事。
彼女は強いのだ。
其の強さが、自分にはなくて、でも、欲しくてたまらないもので。


そうやって生きていく君が羨ましいんだって。


決めた道と、決められた道。
僕らは逆をたどるんだ。



彼女と巡り会った事、其れに対して嬉しさと、寂しさを感じる。