それでも平和な僕らの日常   13



無様なこの姿をさらすより、何もかも切りつけて、切り捨ててしまった方が、ずっと楽。


「あと一試合・・・」

溜息混じりのカガリの言葉。
目の前に広がるのは、広い広い演習場。

硝子にぐるりと囲まれたそこは、MSを直接投入する仮の戦場。

荒野を模ったそこは、今、二体のMSの戦闘が繰り広げられていた。
スピーカーからは、操縦者の声。

ギブアップしたらすぐにわかるように。
やり過ぎないように。
そんな感じの考えのあってのものだと思われる。

『うわぁ!!』
『さっさとくたばれよ。』

一方的な戦闘が、そこにはあって。
その力量の差は、圧倒的過ぎる。

『うざい』

冷えた声音で、面倒臭いといった体で、其の声の主は呟いた。
其れまでも、其の温度までも、なんとなく感じるのは、きっと気のせい。
でも、感じる。
大きな大きな溝と温度差。

『ちょっ・・・もっもうっ・・・うわあぁぁぁぁぁっ!!!!』

「うっ・・・」

いくつかのくぐもった、嘔吐を我慢するかのような声が聞こえた気がした。
其れはきっと、気のせいではないだろう。

一瞬にしてついた決着が、そこから命を奪ったのだ。
誰も彼もが、それに目を見開き、口を抑え、何て事をと口にし、視線を逸らした。
其の現実を、直視できずに。

「なっ!!!」

カガリも、それに驚きの声をあげ、反射的にどこかへかけていこうとする。
キラは、其れをわかっていて、声もあげずに捉える。

「は、はなせっ」
「駄目だよ。」

極、小さな声で、カガリにだけ聞こえるようにパイロットスーツのヘルメット越しに言葉をかける。

今何処へ行こうというのか。
何をしようというのか。
おそらく自分はわかっている。

彼女の事だ。
彼のもとに殴りこみに行くに決まっている。

「何処に行こうって言うの?君は」
「あれを見て、お前は何とも・・・あぁっ・・・・!」

『自分の力量くらいさぁ・・・』

ごく小さく呟かれた其れは、最後まで聞き取れないままに。
眼前の光景に、皆食い入るように見つめるしかできなくなってしまった。

ドドドッドドッドドド

MSからたくさんの鉄の雨が降り注ぎ、赤・黄の色と轟音とで全ての感覚は埋め尽くされてしまった。
一瞬にして・・・

「う・・・わあぁぁぁ!!!!」

誰かが叫んだ。
叫んで逃げて行く人がたくさんいた。
へたり込んで、足が動かなくなってしまう人も、其処此処に見受けられ、事態は深刻であると、誰も言わなくても皆よくわかっていた。
それは、あるはずの無い、其処での生活では、切り離されているはずの、そんな光景。

「あ・・・」

カガリの動きが止まる。
自分の腕からも、力が抜けてしまって、カガリがそこにへたり込んでも、其れを立ち上がらせる方向へは、思考は行かずに。

「・・・シャニ・・・?」

そのMSに、生きて乗っているはずの彼を思い出して・・・・。

拳を握った。
目の前で熾った爆発は、あの機体までも巻き込んでしまった事は、明白で。
目の前の光景は、赤と、黒と、大破した機体と、爆風に表面は爛れたようになってしまった、倒れたまま動かない機体。

意を決する。

「キラ?」

カガリの静止を促すような、何かを問うような、そんな声にも何も返さずに、走った。

生きているかはわからない。
でも、爆発に飲み込まれたそれは、其処此処に破片を散らして、それでも、存在していた。


「・・・う・・・」

演習場には熱気が立ち込め、炎に揺れる景色に、眉根を寄せる。
パイロットスーツが無事ならば、もう少しは持つだろう。
だが、そうじゃなかった時が問題だ。

「シャニ!」

とにかく呼ぶ。
其のうち復活したスプリンクラーでも何でもこの炎の勢いを殺いでくれるだろう。
だが、キラは其れを待たずに、其処へ走り飛び込む。

「シャニー!!」

名前を呼びながら。
倒れた機体のコックピットに近づけば、其処は物抜けの殻。
炎に包まれ始めた其処に、人がいないならば、倒れた時、何処かへ投げ出されてしまったのだろう。

走り出す。

「シャニ!返事をしてっ!!」

名前を呼びながら。
コックピットの部分のカケラを探す。
炎が体の熱を上昇させる。
其れは容赦のない洗礼。

「シャ・・・」
「・・・・」
「シャニ!?」

言葉を発し様とした瞬間に、かすかな音がした気がした。
実際はそんなはずはないだろう。
其れは声じゃなかったかもしれないが、音がした。
瓦礫を自力で除けていた音かもしれない。
其処へかけてゆけば、足を挟まれ、身動きの取れないで居る其の探し人を見つけた。

「シャニ。今其れをどけるから」

声を掛け近づけば、それがそうそう軽いものではないものだという事実に、いまいましい思いが募り、思わず舌打ちが口をついて出てきた。

「な・・・なにやってんだよ。」
「何って。どうでもいいでしょ。1、2の3であげるからね。ちゃんと足ぬいてね。
1、2の・・・さんっ!」

有無を言わさず其れを持ち上げる。

炎によって熱を持ったそれに、ああ、ちょっとやばかったかもと、冷や汗をかく。

筋力で言えば、密かに色々やっている身である、数秒であれば問題はなかった。
しかし、熱量的には問題外だった。

高い温度の前では、パイロットスーツといっても限界が・・・。

「も・・・下すからね。」
「ああ。」

ずんっと其れを下すと、長居は無用と言わんばかりに、キラはシャニを無理矢理立たせた。




炎の中。
なぜ此処に其の相手がいるかを考えた。

炎の中。
なぜ其の相手が自分を助けるのかを考えた。


何処にもしっくりと当てはまるものはなくて、気分が悪かった。




そして、キラも考えていた。



なぜ、此処までして彼を助けたのか。
知り合いに為った事も一因だろう。
生きている確信があったからというのも、理由の一つだと考えられる。


其の中で、絶対と言い切れる何かは出てこなかった。
出てこなかったのだ。

でも、彼は生きている。


常と変わらぬ態度で、助かったという事も、殺したという事も、どうでもよさげだった。


いつもと変わらず、何処も見ずに炎の中を足を引きずって、僕に引きずられて、其処から出た。



そうしてから後に、一個だけ、常とは違うものを残していった。



「あんたがファーストだったんだ。」

救助隊の持ってきたタンカーに寝かせられると、極々小さい声で、他の誰にも聞こえない声で、呟いた。

「・・・」

視線を投げかけると、せせら笑うような目を向けられた。

「誰も知らないのに、ばらして良かったのかよ。」
「いいよ・・・もう、秘密にする必要もなくなるんだ。」

口元だけで笑うと、シャニが目を見開いた。

シャニから言葉を投げかける事も、そうやって反応される事も初めてだった。
助け出されても、生きて出られるとわかっても、いつもと同じだったのに・・・。

でも、其れもどうでもいい。
もう、いらなくなる。
たくさんのものを、捨てるために手に入れたようなものだから。