それでも平和な僕らの日常 15
“ラクス・クライン”
其の少女が現れて目の前の世界は、変わってしまった。
でも、其れは言い訳に過ぎないことを、僕は・・・・・
「おいおい、キラ。あんな有名人と、いつ親しくなったんだ?」
「水臭いぜ。教えてくれたっていいじゃないかよ。」
「ちょっと、サイ。そんな事どうだっていいじゃない!」
「別に、キラだって隠していたわけじゃないんだろうし、そういう言い語ってないと思うわ。」
サイと、トールが、口々に言い、それを女性人が耳聡く察知し、怒ったように、諭すように言った。
いつの間に、親しくなったかなんて、こっちが知りたい。
でも、そんな言葉、言う筈も言える筈も無いから
「えっと〜・・あはは・・」
表面だけで笑って誤魔化す。
答える言葉も何も無いのだから、そんなものだろう。
「隠すところがあっやしぃ〜」
このこの〜と、トールに肘でつつかれる。
それが、妙に癇に障る。
ああ。いつまでこの偽りの劇を続ければいいのだろう。
笑い顔を作りながら、虚ろにそんな事を思う。
初めの頃こそこんな生活に、憧れのような物を抱いてはいたが、今になれば、うざったいだけだった。
もう、此処から去れば、関係のない人間になるのだ。
たくさん生きている、その他大勢の誰かになるのだ。
自分のための、“何か”には、為り得ない者達なのだ。
ならば、其の憧憬など、もはや、憂鬱でしかない。
ああ・・・何とも憂鬱だ。
「俺のもと婚約者だっただけだって、言っちゃえばいいのに。」
ふと、机に落ちた影。
其れと共に、落ちた声の主は、当たり前のように、隣りに座る。
「アスラン!?」
「マジッ??」
「・・・アス・・・」
「別に、友達にまで黙ってなくていいよ。キラ」
笑う横顔に、ちょっとむっとする。なぜか
「ちょっ、本当に!?」
焦る周りに、アスランはにこやかに微笑む。
其れは、有無を言わさぬ、“上の者”の笑み。
「本当ですわ。」
更に唐突に、柔らかな言葉が割り込んできた。
「えっ・・・」
「うっそぉ・・・」
「こんにちは、皆さん。ラクス・クラインと申します。」
にっこり笑った其の人は、なぜか、アスランの反対側、僕の隣りへ座った。
全員が驚き、言葉を発せ無いまま固まっている所へ、いつものように更にラクスは言葉を紡ぐ。
「アスラン、キラさま。今日の放課後は、ご予定、開いてますかしら?」
小さく引かれる袖に、何とは無しに、強制力のようなものを感じる。
女の子特有の、“強制的なお願い”だ。
だから性質が悪い。
「・・・」
「えっと・・・」
全員の視線が集まる中、焦った“ふり”をする。
なぜ、自分が誘われるのかわからないといった仕草で。
いや、実際もわからないのだが。
しかし、なぜアスランまで何も言わずに、自分を見ているのかがわからない。
さっさと言えよ。
自分の婚約者なんだから。
ちょっと、イラっとする。
「開いて・・・おりませんか・・・?」
「や・・・開いて・・ますっ・・・」
「俺も、一応な。」
演技を続けるために、仕方なく、頷く。
そうせざるを得ない立場に、わざと追いやられたなどとは、其の時には気が付かないままに、罠にはまる。
「まぁ、良かった。お時間は取らせませんわ。では、放課後校門で待っててくださいね。」
満面の笑みに、どうして予定は狂っていくのだろうと、呟いた。
「よぉ。」
「・・・・・・めずらしい。」
中庭の木の下。
寝転がる自分を、そいつが見下ろす。
緑の髪が目下に影を落とし、其の顔はよく見えない。
でも、口元の笑みに、機嫌がいいのだろうことがうかがえた。
「そっちこそ。」
「?」
「笑わないんだ?」
「そっちは笑ってる。」
隣りにそいつが座ると、なぜか覆い被さるように、顔を覗き込まれる。
其の瞳は、暗い闇を孕んで輝いていた。
「言っちゃった。」
「何を」
「“ファースト”」
「ふうん」
あざけるように笑うと、更に顔を近付けられて、いぶかしむと、シャニはクツクツと笑い始めた。
「そいつうさぁ、地球軍のお偉いさんで、ブルーコスモス?の盟主なんだって。
今ごろあんたの周りの誰かに、変なメールが届いてるかもよ?」
不幸をもこそ、求める笑顔。
「・・・!」
「やっと顔色変わった。」
いつもの、茫洋とした口調と、顔に戻った。
でも、どこか楽しそうにしているのは、気のせいではないだろう。
「シャニ・・・・!」
押し殺した声。
それ以上に、事を起せないのは、其の相手が実は腕をしっかりとホールドしてしまっていたからだ。
おそらく、覆い被さるような態勢をとったのは、そのため・・・。
「誰に言って欲しくなかった?ナチュラルのお友達の誰か?それとも、あの幼なじみ?」
「・・・」
「別に、どうなろうといいんでしょ?」
今度は、こっちが嘲り笑われる。
今すぐそいつをぶちのめしたい。
でも、できない。
少しずつ冷静に為る頭の中では、そんな事はどうでも良いと、底冷えのするような声で言っている自分がいた。
本当に、最悪すぎるシナリオ。
誰に知られても、もう、崩壊する事は確定しているシナリオ。
でも、簡単には手を離してくれない者も居る事を、キラは知っている。
それが、本当は自分の欲しいものの正体である事を、知らないままに、自覚している。
手を伸ばしている自分にすら、気付かないふりをして、目隠しをする。
さぁ、その鳥籠の中へ、目隠しを取らないまま、篭っていこうか。
「ああ、そうだね。どうせ、君とももう係わり合いも何も無くなる。」
同様に他の人間も・・・。
一瞬上った血は、同じように急激に冷める。
全てが同じものになる。
関係のない存在に。
どうせ手にはいらない存在に。
「・・・つまらない。」
一言、シャニは呟き、興味を失ったように瞳の光をにごらせた。
彼が、何を期待していたかなど、どうでもいい。
その腕が離れようとする一瞬、足を振り上げ其の体を薙ぐように攻撃を試みると、其の体は軽やかに其れをよけた。
遠心力で、そのまま立ち上がるが、シャニは間合いを取った後。
それ以上どうする気も起きないから、背を向ける。
それ以上、何も言わないまま、それ以上、何も言われないまま、其の場所を離れた。