それでも平和な僕らの日常   16



「キラ」

シャニと分かれたすぐ後、聞きなれた声が僕を引き止める。

「・・・あれ、アスラン」

とぼけたように、にこやかに、彼に笑いかける。
が、アスランは、固い顔のまま近づいてきた。

その顔に、シャニの言葉がよぎる。

 ブルーコスモスの盟主に・・・。

よりにもよって、あいつに垂れ流したのかと、半ば嘆息しつつも、何もわからないふりで、アスランが近づくのを待つ。

「どうしたの?怖い顔して。」
「・・・ちょっと話がある。場所を移そう」
「うん。いいよ」

移動しながら、このまま逃げるのと、話を聞くの、どちらがいいのかと思案する。
どうあがいたって、この相手が厄介であることは変わりない。

どうしてなんだと、言われる気がする。
そして、何を言っても食い下がってくるのだ。
納得するまで・・・・



「・・・単刀直入に聞くが・・・お前、オーブ側に変わったって本当なのか?」
「・・・・・え?」

なんと、直球にくるものだろう。
誰もいない教室で、前置きも何もなく、彼は切り出すから、驚いた。
そこまで真っ直ぐでも、愚直でも、朴訥でもない性格の癖に・・・。
それにしても、なぜオーブにということを聴かれるのだろうか?
聞くのならもっと的確に、ファーストの存在について言えばいいものを。
それとも、これはこれで遠回しに聞こうとしているということなのだろうか?

幾重にも重なる疑問。
こぼれた言葉は、むしろ、話の内容よりも、そんな部分に驚いてのものだった。
だがしかし、アスランにそれが知られているわけもない。

「なぜなんだ?お前だってコーディネーターなのに・・・」

どうするべきかと、思案する。
このままぶちまけて、粉々に砕いて、去るのもいいだろう。
なぁなぁにして、いきなり姿を消すのもいいだろう。

どちらにしろ、結果は変わらない。

もう二度と、彼と会うことはないのだという結果は・・・。
ならば・・・


「わからない?その理由が」
「キラ・・・」
「でも、教えてあげない。」

挑戦的に笑い、其の瞳を射抜くと、アスランは固まり、息を呑んだ。

「僕はファーストだから」

どちらにするか思案する中、アスランのうかがうような、責めるような、疑うような、縋るような、そんな顔を見て、僕は自然と其れをこぼしてしまった。

そんな気はなかったのに。
何も見せずに、知らせずに、煙に巻くつもりでいたはずなのに。
言葉は・・・全てをもらし、隠し事全てを自分自身で暴く。

「知らなかったでしょ。ずっと一緒にいたのにね。オーブ側なのも知らなかったはずだよね・・・。
どこで知ったの?誰が教えたのかな?でも、もう関係ないか。教えちゃったもんね。ほんと、もうどうでもいいか。」

クツクツと歪んだ笑みをこぼす。
それに、アスランは目を見開いた。
驚いたというよりは、信じられないというような表情。
その様子に、嘲るような感情がわいてきて、止まらない。

「僕はずっと知ってたよ。君がどんな風に戦っていたかも、戦績も、戦い方も。全部知ってる。
だからこそ、この間の模擬戦は、楽だったよ。君の思考もすべて読みやすかったしね。」

あちら側にいた甲斐があったよ。と、更に笑みを深くする。

「・・・・そうか・・・・」

アスランは、俯き、その言葉だけを搾り出した。
それまで凍りついたように、何も言えないまま立ち尽くしていたのちの言葉。
そうしてから後に、心の中になんとも言えない感情が湧き出てきた。
どうしても、どうしても、収まることのない暴力的な何かが、心の中で垣間見える。

「納得した?それとも、意外だったかな?」
「そうだな。お前がそうだということと、こんなにすんなり認めるとはな・・・。だが、どうしてだ?」
「何が?」
「どうしてお前、オーブなんかに」
「なんか?」
「・・・!」

アスランの言葉を繰り返し、視線を投げかける。
それに、アスランは言葉を詰まらせ、ひるむ。

「今、なんかって言った?」

にらむでもなく、ただ静かに見据える。

「・・・僕は、一世代目のコーディネーター。だからね、君とは違うの。」

一言一言言葉を区切って。

「親はナチュラルでも、僕自身はコーディネーター。それって、どんな意味を持ってると思う?」
「・・・・」
「地球でも、プラントでも、生きにくいって事なんだよ。」
「・・・!・・・」
「理解してもらえたみたいだね。
何?もしかして、僕がコーディネーターだからって、当たり前のように、プラント側だなんて思ったの?」

見下したように笑う。
そして、苦しくなる心臓を押さえた。

「君って平和だね。そういうところが、僕は嫌いだったんだ。」
「・・・!!」

半ば硬直していたアスランが、はっきりと顔をこわばらせた。
心を傷つけるためだけの暴言。

「いつもいつも、そうやって何も気づかないままの君に、僕は・・・・!」

高ぶる感情とともに、なぜか視界が不明瞭になる。

「・・・キ・・ラ・・・?」
「・・・!!?・・・」

重力にしたがって、耐え切れなくなったそれは、頬をこぼれた。
視界が一瞬鮮明になり、また歪む。

 何で?

自分で不可解になる。
焦って、混乱して、それ自体にひるみ、体を動かすことも忘れて、その混乱に飲み込まれる。

「・・・」

目の前のその人も、また、言葉にならない何かをもてあまし、焦っている。
ただただ焦っている。
さっきまでの、傷が、今はもう見えない。
どうしてだろう。
何でこぼれるのだろう。
何でこんなに、泣きたいのだろう・・・?

「・・・その・・・キラ、泣かないでくれ・・・」

戸惑いながらかけられた言葉。
迷うように触れられた頬。

その指の感触に、はじかれたように手を振りはらった。

「そんなものいらない!!」

さっきまで動かなかったあらゆるものが、その瞬間に動き出したかのように、僕はアスランを突き飛ばして走り去った。

扉を手荒に閉めて、前後もわからないままに、求めるものも知らないままに。

わからないわからないわからない。
わかりたくもない。
知りたくもない。

ここには何もないのだ。
この手には何も残るはずがないのだ。

だから
いらないいらないいらない。
欲しくもない。
手も伸ばさない。

僕のためのものは、どこにもない。
そうじゃなきゃいけない。
だからいやだ。
もういやだ。
日常なんかいらなかった。
それにかかわるものに触れたくない。


縋りたい気持ちが先走る。