それでも平和な僕らの日常    17



アスランから逃げるようにして飛び込んだ部屋は、ずっとずっと一緒にいた、少女のいる場所。
金の髪が揺れ、その扉の音にふり返った少女は、突然の来訪者に目を見開いた。

「キラ。如何したんだ?そんなに急いで」

荒っぽく締めた扉の音をそう解釈し、少女はゆっくりと近付いてきた。
その手が頬に触れようと伸びてきたが、僕は少女をそのまま抱きしめた。

「キラ??」
「何でもない・・・・・」
「・・・・・・?・・・・・な・・なんでもないって、そういう顔してないぞ。お前」

訳がわからんと文句を言いながら、そのまま抱きしめられたまま彼女は身じろぎすらしない。

「ねえ、カガリ・・・もう、学校なんて良いじゃない。」
「は?」
「ウズミさまも言っていたし、そろそろ本格的に政治の勉強をした方がいいと思うんだ。僕達」
「何でそんな唐突なんだ。お前・・・」

いぶかしむような声音が返るが、それには答えない。
抱きすくめたままの腕にもう少し力をこめる。

「このまま残って駒になるのも別に構わないけど、僕らはもっとやらなきゃいけない事があるだろ?
特に君には。こういうのは、早くにはじめたほうがいいし、君はそろそろそういう場に出て行くべきだ。」
「・・・・・・・はぁ・・・・・・・・キラ」

溜息一つ聞こえ、その腕が僕の身体を押し返した。

「まさかこんな所で言う事になるとは・・・・・・・ぶつぶつぶつぶつ・・・・」

彼女の独り言と共に、密着していた体の間に空間が開いた。
覗き込んできた瞳は、いつにもまして強く、だが、僕には何を考えているのかわからなかった。

「私はもう、お前と一緒にいる気は無いんだ。」
「・・・・・・?」
「ずっとずっと、お前は私に縛られてきてて、ずっとずっと、私のためだけに色んな事を蔑ろにせざるをえなかった。」
「そんなことは・・・!」
「そんな事、あるだろ。ずっとそうだった。
お前のものは仮令、お前の意思だろうとなんだろうと、一つとしてなく、私と一緒にいないといけない義務だけがそこにはあった。」

厳しい顔。
首を振って否定をするのに、その否定を彼女は許さない。

その胸中は、激しい葛藤があるなどと、キラにはわからない。

「私はもう、お前とは一緒にいない。もう、お前は私と一緒になんていなくていい。私は・・・・・」

その続きが、言葉が、詰まって出てこない。
言わなければならない。
でも、その言葉は、自分にすら苦しみを与える。

「私は、お前との婚約を破棄する。だから、お前はお前の思うように、好きなように、生きろ。」

これまでずっと一緒にいて、これからずっと一緒にいるはずだった半身。
だが、同じ人間ではないのだ。
ずっと一緒になど在るはずも無い。

「な・・・・・・・何言ってるの?カガリ、何で急にそんな事言うの?」
「急じゃない。ずっと考えてた。」

泣きそうだった。
でも、自分が泣くなんて、許されない。
だって・・・・

「私は、ずっとお前を縛り付けてた。これからもずっと、そうしてなんていきたくないんだ!」
「だから、縛られてなんていないってば!」
「お前が!!・・・・・・・・お前がそう言うから、もう、こうするしかなくなってしまった・・・・・・」

激昂したのは一瞬、後は落胆したかのように、小さく呟かれた。

こうするしかない。
こうやって、また、彼の意思を蔑ろにしているくせに。
それでも、これからもずっと、そうして生きていくよりはずっといい。だから。

「なんと言おうと、私はもう、お前のものではないし、お前も、私のものではない。もう、いいんだ。
私たちは、別々の人間で。だからこそ・・・・・・・・・もう、別々に生きてこ?」

覗き込んだ瞳は、深い紫。
その目は見開かれたまま、何を考えているのかが読めない。

「僕は・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・」
「・・・僕は、もう・・・・・要らない・・・・・・の?」
「そうじゃない。でも、一緒には居られない。」
「・・・・・・・・・・何で・・・・・・・・・・・・何で、そんな事言うの?」

他の生き方など、知らないのに。

「お前は、お前の思う生き方をしろ。」
「・・・・・・・・・・・」

自分の意志すらないのに。
自分のものなど、何処にも無かった。
生まれて、こうして生きていく中で、僕の生に意味があったのは、その場所だった。

「ずっと、此処にいたのに。」
「ごめん」
「ずっと一緒に居るはずだったのに。」
「それは・・・・おかしいよ・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・」

目の前が真っ暗になる。
深い深遠に落ちたかのよう。

コレハなんだろう。
何といえばいいのだろう。
こんな気持ちを、なんと表すのだろう。

「私は、もう、お前と違う道を進む。」

きっとこれは・・・・・・・この思いの名は・・・・・・・

「もう、決めた。分かっていただけますか?お父様」

キラの後ろには、ウズミが立っていた。
いつ入って来たのか、キラには分からなかった。というよりは、そんな事はもう、頭に入っては来ていなかった。










「さあさあ、お乗りくださいな。」

にっこりと微笑まれ、反応に困る。
なぜか教室前では後輩に待ち伏せされ、一緒に校門まで来たら、今度は婚約者に待ち伏せされていたらしい。
一方的な約束をされてはいたが、それを守る気は更々無く、無視しようと思っていたのに、相手は相手で粘り強い。

「放課後、お話があるといいましたでしょう?」
「あの・・・・・ラクス・・・・・」
「さ、ニコルさまもどうぞ」
「え?」

婚約者の言葉に、隣りの少年を思わず振り返った。
彼はいつもの柔らかな笑顔を崩さずに、その誘いに応じ、自分をその車に押し入れてくれた。迷惑なことに


車は自分の知らない場所へ向かって走っていく。

何処へ向かっているのかも、何がしたいのかも、何故隣りの彼も一緒なのかもわからない。
大体が、ラクスの考えている事など、全く持って、よくわからない。
笑顔の下に、どんなものを隠しているのか・・・絶対に本心など見せたためしなど無いだろうと俺は思っている。


「何処へ向かっているのですか?ラクス」
「着けば分かりますわ」

ホエホエと微笑み、そんな言葉で問いをぶった切る。
この喰えないお姫様に辟易しつつ、車が止まるのを待つしかないらしい。


大きな門をくぐり、玄関の前で車が止まる。
見たことの無いその場所を、彼女は勝手知ったる場所のように俺たちを案内していった。
大きな扉の先に、何が待っているのかも教えないまま、少女は微笑んで振り返った。

「此処ですわ」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「さ、お入りください。」


誘われて入ったそこには、意外な人物ばかりが立っていた。