それでも平和な僕らの日常 19
君の知らないところでたくさんの思惑が交錯している
僕の知らないところでたくさんの陰謀が蠢いている
ただ、どうしてもいえることは・・・
僕はそれらにひたすらに従うことはないという事
それだけだ
重苦しい空気の中、ラクスとカガリは笑顔のまま、不敵な笑みのまま、其処にいる。
新たな入室者に椅子を勧め、自分たちも元の位置へと座る。
「さて、人数も揃った事だし、そろそろ本題に入ろうか。」
「そうですわね。私たちの生まれた所以と、其の思惑を・・・。お父様とウズミ様はご存知なのでしょう?」
二人の子供の言葉に、一瞬息を詰め、二人の大人は彼女等を見据える。
そして、数瞬の後に、重く息を吐き出した。
「・・・君たちは、何を何処まで知っているのかい?」
「私たちの行く末が、大人たちの思惑の中で動いている事は知ってますわ。」
「そして、其れは私たちの望まないものだ。」
「進むべき道。」
「選ぶべき相手。」
「考え」
「思考したもの」
「其の全てが、生まれた瞬間から決まっているなど、ありえないはずなのに。」
「それでも、私たちは其の枠の中だ。」
なぜ?と、二人は問い掛ける。
怒りながら。
悲しみながら。
苛立ちながら。
でも、自分では人形ではないのだと其の瞳は語る。
真っ直ぐに二人の視線を受け止めながら、シーゲル・クライン・・・ラクスの父は、口を開いた。
其の様を、俺達は見守りながら成行きに任せることにした。
「かつて、戦争や諍いを憂えた研究者がいた。その研究者は、人の中にある何が、其れを引き起こすのかを思索し、また、其れを無くすための方法を考えた。それが、君たちを作った研究の始まりだった。」
「・・・クライン・・・!」
「仕方があるまい。もう、子供達は気付いている。自分たちを捉える不自然な鎖に・・・」
なら言うしかないと、シーゲルは語り、ウズミは其れに眉間にしわを寄せた。
それでも、シーゲルが語るのを止めなかったのは、彼の言葉が正しいと知っていたからだった。
「其の研究の内容はこうだった。欲望が先走らないように。不満から他者を攻撃し、何かを奪わないように。
初めから其の本人はこうなのだと条件付ける。生まれたときから、其の存在の意味も、思考も、感情も、全て決めてしまえばいいのだと。
そうすれば、不用意な争いなど起こらなくなると。乱暴に言ってしまえば、こういう研究だった。其の手始めとして、君たちが生まれた。
カガリ・ユラ・アスハ、ラクス・クライン、フレイ・アルスター、アスラン・ザラ、ニコル・アマルフィー、イザーク・ジュール、ディアッカ・エルスマン、サイ・アーガイル・・・。
どの子供も、権力者達の子息令嬢で、いつ何時婚約者を決められても、全くおかしくない。」
其処まで一気にいい、一息つく。
驚きだった。
その内容もさることながら、何人もの知り合いが、そんな研究の被検体であるなどとは、誰が想像しえただろう・・・?
きっと、彼女達にも、処まではわかっているはずは無く、それでも、反応を見せないのは、意地なのかも知れない。
「ラクス・・・この研究が、お前の知りたかったことの根幹だ。」
「そして、逃れられない運命。とでも、おっしゃるのですか?」
「・・・・」
「・・・・」
二人はにらみ合う。
其の顔には、半ば後悔が見え隠れしていた。
父親にとって、ラクスという少女はどのような存在だったのだろう・・・。
「・・・・お前は認めたくないと、言うかもしれないが。」
「ええ。認めたくはありませんわ。でも、その研究があったのも、今尚実験中であることも、事実。
なればこそ、もしもこれが、遺伝子故の想いだと言うのならば、私はそれに、感謝いたしますわ。」
「ラクス・・・」
ふわりと微笑み、全てを包み込む。
少女は強い。
この思い全てが、この行動一つが、全て決まりきった何かなら、俺は一体なんなのだろうと、己に向けて問い掛ける。
そうせざるを得ない状況。
それでも、彼女は言い募るのか。
「決まりきったものだとしても、それでも、これを感じているのは私だけ。
そして、其れを感じているのだと、実感する事のできる存在も、私だけですわ。
私だけが、私の気持を知ることができる唯一無二の存在なのですから。
なら、この恋心は、誰も知ることの無いこれは、私だけが持ち得、知ることのできるもの。
この心一つが、存在する意味ですわ。」
どうしようもないほどに、其れを言い切る。
少女は・・・どこか脆い笑顔で言い放った。
それに、俺は目を見開いてしまう。
初めて見えた其れは、彼女の姿そのもののような気がした。
少女は・・・とてもとても弱い。
「・・・私たちは、研究のために生まれたのか・・・?」
「違うな。」
俺は、自然と零れた其の言葉に、自分で驚く。
「そう、違う。君たちは、確かに研究の元、条件付けをされて生まれたかも知れない。
だが、研究のために生まれたわけでは、決して無い。」
「俺たちは・・・俺は・・・絶対的に違う。俺は知っている。カガリも、ラクスも、俺にとって絶対的な対象になりえない事を。
其の上、フレイ・アルスターなんて、問題外もいいとこだ。」
「そうですわね。」
微笑みあい、否定する。
断固として。
強固に。
絶対の気持がここにあるから。
「僕も・・・・何があっても、この気持は否定させません。作られたものだからと、まがい物扱いされたらたまりませんよ。」
と、柔らかい口調で言われたそれは、後輩のニコルのもの。
彼が、ラクスの思い人であり、この研究の被検体であることは、少々驚いたが、まぁ、其れは大した事ではない。
驚くべきものは、きっと、其の断固とした何か・・・信念のようなものではないだろうか?
あの、優しげな雰囲気を纏った少年が、此処まで強い言葉を発するのを、俺は聴いたことが無かった。
「そう・・・誰も、其の思いを否定する事はできません。其れが仮令、自分自身だったとしても。」
「そうですよ。今まで辿った全ては僕だけのものです。この心も、思いも、何もかも。
仮令僕と同じ”運命”を其の身に宿した者がいたとしても、同じではない。
これは絶対だし、クローンによって実証されてる事です。」
二人の男女は、胸を張る。
真っ直ぐに立って、いい放つ。
初めて知らされたそれらに、僕らはそれでも立ち向かう。
其の横で、この世界の何も見ていないような瞳が、虚ろに其の光景を見ている事を、知らないままに。
見得ない糸に絡まりながら生きていた僕ら。
其れを見据えても、僕は僕だと、はっきりといえる。
見得ない意図に翻弄されても、知っていることがある。
自分だけが感じている
この心一つ。