それでも平和な僕らの日常 20
知らないから
気付かないから
だからと言ってどうして傷ついてないといえるだろう。
誰も彼も、自分の痛みにばかり、目が向くからだろうか・・・?
「・・・・・私は、この研究を信用などしていなかった。」
其れまで口を閉ざしていたウズミが、其の重たい口を開き、心の奥底にあった言葉を吐き出す。
「争いがなくなることはいい。だが、本当にそんな事が可能なのかといわれれば・・・とても疑わしいものだった。」
決意とともに語られた其れは、とてもとても重たい其れは、溜息とともに、一旦終る。
「だから、キラくんの存在は、とても都合が良かった。」
「・・・え・・・」
「・・・!?」
其の言葉に、カガリとキラがビクッと肩を振るわせ、互いに反対の反応を示した。
カガリは反射的に顔をキラに向け、目を見開き、キラはそんなものには気付かず、ゆっくりとした動作で俯いた。
其の表情は、髪の毛に隠れて全くわからない。
何だか胸に不安が込み上げる。
さっきの、いつもの態度と全く違うキラを思い出す。
どうしてそうなったのか・・キラの中で何があったのか、何もわからないままに、俺は今此処にいる。
「キラくんは、この研究とは全く関係のない場所で生まれた子供だった。
遺伝子的には、カガリと兄弟であり、しかし、其の存在は大きく他の何とも違っていたから。」
「・・・それは・・・どういう・・・」
カガリは問う。
声は少しだけ震えていた。
知りたいのか、知りたくないのか、わからないそれに、立ち向かうかのように見据える少女。
「私はもう一人、大きな研究をしていた男のサポートをしていた。
其の男は、“最高のコーディネーター”をツクルための研究をしていた。
日夜ブルーコスモスの脅威にさらされながらなされた研究は、成功とともに、永遠に、陽の目を見る事はなくなってしまったが。
その研究をしていたのが、カガリ・・・お前とキラくんの父親だ。」
「・・ヒュッ・・・・」
息が詰まるような音が聞こえた。
限界まで見開かれた瞳は、ひたすらにウズミを見詰め、言葉は、其の唇から生まれる事無く、時が止まったかのようにかたまった。
「そうして生まれたキラくんを助けた時に、私は考えた。この研究が本当にうまくいくのかなどわからない。
ならば、キラくんとカガリ・・・兄弟である二人を被検体と思わせ、婚約者として見せておき、もしも、何かあったときは、二人は兄弟であったために、ともにあることを拒んだという事にすればいいと。
どちらに転んでも、彼らに削除の機会を与えずにすむように・・・」
「削除・・・」
「そう、削除。」
「彼等は、君たちを殺す事にためらいなどしない。
なぜなら、この研究は、まだ実験段階であり、君たちの条件付けも、決められたパートナーと引き合うかという程度のものだからだ。」
暗く冷たいそれらの意図。
二重三重と絡み合うそれらに、嫌悪感がこみ上げると同時に、不安に駆られる。
「だから、私たちを従姉弟ということにして婚約者に仕立て上げたのか。そんな事のために・・・・」
呟いたのは、其れによって守られている少女。
利用された少年ではなく、其れによって、其の犠牲によって、何処までも命を永らえさせる事を認められた其の人。
「私とキラの関係は、そんなよくも解からない研究のために仕組まれたというのか!?」
バンッ
机を強く殴り、立ち上がる少女の怒声はびりびりと空気を揺らし、鼓膜に届き、耳鳴りを生じさせるほどの衝撃があった。
其れほどまでに少女は怒り、そして、どこか悲しんでいた。
「そのために、私は、キラの自由を奪っていたのか・・・・?」
其の言葉に、瞬間的に俺は、少女の同行に神経を集中させた。
怒りを発していた全身から、今はもう力うを抜き、項垂れるように座り、カガリは両手で顔を覆いかくした。
「私が、キラから奪っているのか?」
少女の言葉の意図は、他の誰にもわからない。
いや、ウズミとキラ以外の誰にもというべきだろう。
彼女が何をさしているのか、何を思いこのような言葉を発するのか。
「違うよ。」
「・・・」
「違う」
静かに、初めてキラが言葉を発した。
其れは、いつものゆるやかな笑みとともに紡がれる声。
「僕は、何も奪われてなんかいない。僕がしたかったんだ。カガリのために、何かしたかったんだ。」
「キラ・・・」
諭すような微笑み。
其れをみて、カガリは涙ぐんだ。
眉根を寄せて、首を振る。
「違う!私だ。お前から色々な物を・・・!!」
「そんな事無い!僕の意志だもの。」
ソプラノの声を遮って、アルトの声が強く強く否定する。
其の表情も、声も、優しさで溢れているのに、なぜか俺は身震いしたくなった。
いつもと同じ声。
同じ口調。
でも、其の瞳は絶対的に違う。
何かが壊れている気がした。
でも、何がおかしいかもわからない。
この空気は何処へ流れるのかもわからないままに・・・・
「僕らは・・・・誰もが皆、人の手で与えられた場所で生きているのかもしれない。
でも、僕らは知っている。自分という存在は、自分しか知らない。そうでしょ?
誰も、誰にも、お前は作り物だなんて言えない。言えないんだよ。だから・・・」
少年の言葉は、おそらく、たくさんの人間の心を的確に示し、其の思いを肯定する。
強く、優しく、肯定される。
でも、それが本心でないこと位、俺にはわかるから。
誰も知らない
誰も見てない
君の傷を
僕は暴く