それでも平和な僕らの日常   21


涙なんて知らないし
自分なんて持ってない

君が見てるのは、所詮、君の見たい幻影。

僕が誰かなんて
誰も知らない
誰も見てない

誰も彼もが、自分でいっぱい





たくさんの真実と言葉の後は、虚脱感と、絶対的な心だけが残った。
なぜと絶望する思いと、それでもと、掲げ続ける信念。
たくさんの真実を胸に、其の場所から俺達は解放された。

そうして残された、たった一つの心残り・・・。


”最高のコーディネーター”

それがキラだという。


カガリのために用意された隠れ蓑

そうして彼は利用され続けたのだと・・。


では、其れを全て知った彼は、何を思ったのだろう?

誰も其れを考えないのだろうか?
気付いていないのだろうか?

だから、俺は・・・・







 キーンコーン・・・・


チャイムが鳴り、教官が声を張り上げる。
もう目の前に迫った模擬戦の日。
だが、年四回もあると、其れはもう、日常で、特別ではない。
だから、シュミュレーターを使ったそれは、やはり、特別な何かではなかった。
だが、其の日のそれだけは、俺を狼狽させた。

『・・・なぜだ?』
『めずらしい・・・ですね・・・』

そんな二人の言葉を耳にしながら、データより欠けた人員に意識が向く。

「キラがいない・・・」

誰にも聞かれないまま、言葉は空しく消え去り、操縦席を模したそこから俺は、立ち上がり、駆け出す。
背中に教官の怒声が降りかかるが、この耳には聞こえない。

「何でいないんだ、あいつは・・・」

苛立ち、眉根を寄せた。
自然力の入る足は、強く地面をけり、加速する。

向かうのは、彼の家。

仮初の両親と暮らす、あの家へ。









 ピンポーン
無駄と知りつつ押したインターホンは、虚しさのかさを増加させただけで、意味をなさず、家主は居留守でも使っているのだろう、出てくる気配は一切ない。

「・・・はぁ、仕方がない。」

呟き、別の手段を試みる。
まずは家の裏手に回る。
それから、裏手に生える木をスルスルと気を登るのだ。

「よっ・・よっと・・・」

軽々と登った枝の上から、音もなく降り立ったベランダ。
そこから、開いている窓を見つけ進入を果す。
そんな簡単に行くはずはないのだが、この家のベランダに面した窓の一つは、鍵が壊れており、容易にそれができるのだ。
しかし、なぜか今回はそこ以外の窓もニ、三空いていたため、俺はキラの部屋に一番近い窓を選んで其処へ足を踏み入れた。

「・・・それにしても静かだな・・・」

誰もいないのかといぶかしむ。
それほどに音のない家。
キラの母親は専業主婦のはずである。
父親はともかく、母親はどうしたのかと首を傾げつつ、其の部屋へたどり着く。

キラの部屋。

極たまに訪れる其処に、控え目なノックをしつつ、返事を待たずに開く。

「・・・・!!・・・」

思わず息を飲む。
それほどの光景だった。
まるで部屋の原形を留めておらぬ其処は、壁と言う壁は刃物で無数の傷が目茶目茶に走り、ベッドの上は、もう何がしかれていたかもわからない程に切り裂かれ、あふれ出た綿で埋まり、いくつかの家具はバラバラになったり、大きなへこみができたりしていた。
床のそこかしこには、綿や硝子や木片が飛び散り、脚の踏み場もない。
硬直して動かない唇は、キラを視界に入れた瞬間に解けた。

「キラ!」
「・・・・」

名前を呼ぶと、キラは此方をねめつけてきた。

「・・・インターホンも、ノックも、君にはすればそれでいいものなの?」

いつもの口調だけど、圧倒的に声音と、表情が違う。
それに、何がどうしたのかと聞きたくなる。
ゆらゆらと定まらない姿勢。
いつもは伸びている差筋は、今はだらりと猫背になって丸まっている。
だらりと投げ出されるかのような手や腕。そして、其処に握られた其れは、鈍く銀色の光を放つ。

「・・・これは・・・お前がやったのか・・・?」
「それ以外に誰かいるの?」

冷ややかに答えられ、何を言うかに困る。
圧倒的に異質な其処。
ズタズタに引裂かれたたくさんのモノで構成された其処は、絶対的にこの扉一枚隔てた異空間だった。

「なぜこんな事を・・・」
「なぜ?なぜだろうね。」

クツクツと笑う其の顔に、気力も何も見当たらない。

「君は、元気そうだね。いつも通りのようで良かったじゃない。」

振り仰ぎ、ゆがんだ笑みをこぼす。
何かが違っていた。
いつもと、そして、昨日の状態とも。
なぜそうなのかはわからない。
でも、彼の中で、何かが壊れたのだけは解かった。

キラの心は、この部屋と同じ形を模しているようなそんな気がした・・・・

彼の心は、深い闇黒。
でも、その理由も何も、俺は知る術を持たない・・・。




誰も見得ないまんま。
何も見得ないまんま。

でも、何も見ないまんま。

耳を無理矢理にでもふさいでさ。
それでも生きてきたんだもの。