それでも平和な僕らの日常 23
「・・・で、」
「?」
「何しにきたの?」
いらだったように言われる。
キラは、変わらない姿勢のまま、俯き加減の顔から、目だけこちらに向けたまま其処にいる。
何をしに来たのか・・・・
其れは、俺しか知らない筈なのに、自分でもよくわからない。
ああ、でも・・・・きっと・・・・
「ただ単に、キラが心配だっただけだ。」
半ば独り言のように呟いた後で、ふと、口を抑えた。
自然と漏れてしまった言葉は、もう、巻き返しが聞かない。
だから、とりあえずキラを見やる。
今はもう、どんな反応が返ってくるのか想像も出来ない。
すると、弾かれたように笑い声がこだました。
大音量で狂ったように響く其れに、俺は立ち竦む。
其の声は、目の前の青年のもの。
背中をそらし、天井を仰いで、キラは笑う。
高らかに。
「あははっ心配!心配だったんだ!?そう」
焦点が合っているのかわからない視線にまたねめつけられる。
「聞いたでしょう?昨日。僕は”最高のコーディネーター”で、カガリのためのかませ犬で、今は無価値な存在さ。
たくさんの人の手を転々とし、結局必要とされなかったマリオネット。道化だよ」
笑っていた。
そして、壊れていた。
それでも、それでも・・・
「俺は、キラが何で在ってもいいよ。」
「・・・・・」
ピタリ、と止まる。
動きも、笑いも、表情も。
時が止まったかのように、糸が切れたかのように、止まってしまった。
「何で在ってもいい。好きだから。」
持っている思いはそれだけだ。
「お前が何をどう思っているかなんて、俺は全く見当もつかない。けど、俺は好きだよ。」
腕を延ばす。
キラに向かって。
「ふ・・・ざけるな!!!」
突然に沸騰したかのように怒鳴られる。
「好き!?好きって何さ!!今まで僕の何が見えてたわけでもないくせにさ。ばかばかしい事この上ないよね。
君の見ていた”キラ・ヤマト”は、何処にもいない。完全に作られた虚像なんだよ!
そんなもんに恋してふられて、なんて滑稽なんだろうね!!!」
「あっそう。」
「!!?」
「言ったでしょ?”キラが、何で在ってもいい。”って。それとも、もう忘れたの?」
ふっと浮かんだ何かに侵される感覚。
迷いや戸惑いなんかが消えた瞬間に、浮かんだ色々が、口元に笑みを浮かべさせる。
「僕がキラを知らないってのは、あたってるけどね。俺は嫌われたくなくて追求しなかった。
キラに直接聞かないで、ずっと見ていたよ。キラが、俺を観察してたのと同じ時間ずっと。
好きな食べ物、嫌いな食べ物・・・キラは気付いてないかもしれない小さな癖。
それから・・・・」
一拍おく。
「カガリに対する依存癖。」
そうして紡いだ言葉に、キラの様子が明らかにおかしくなる。
いや、さっきから既におかしいのだが、其れとはもっと違った形で挙動が怪しくなる。
でも、もう驚かない。
意図して紡いだ言葉だから。
織り上げた言葉の形は針か剣かの違いはあれど、確実にキラを攻撃する。
カガリの名前を浮かべるだけでこんなに嫉妬するなんて、自分でも思わなかった。
でも、思い知ってしまった。
キラは・・・・
「カガリっていう指針がなくなって苦しい?」
彼女と言う存在に・・・
「僕は・・・僕は・・・」
「知ってるよ。なんとなくだけど。カガリ中心の世界は、楽だった?」
一気に崩れるように、キラの中から、何かが抜け落ちたかのようになる。
「・・・・」
「・・・・」
「何を・・・」
そうして、暫しの沈黙の後に、かさかさの言葉が溢れ出す。
「何を差し置いても、僕は、其の意志に反してはならない・・・
ずっとそうやって育てられたんだ。ずっとそうやって生きてきたんだ。今更だ・・・今更だよ・・・」
其の言葉は、何も望まないと。
何もいらないと。
この心も何もかも。
そう言われたのと同じ事だった。
「でも、俺はキラが欲しい。キラが好きだ。」
「なら・・・落ちてよ・・・」
「?」
ぼそぼそといわれた言葉は、正確に届く前に原形を失っってしまう。
そうして届く言葉は、全く意味をなさないもの。
「・・・いらない・・・いらないいらないいらない!!!!」
そしてなぜかキラは、又突然に動きを変えた。
唐突に噴出した叫び声は悲痛。
そして、掌の中の鈍い光は、軌跡を残してまた部屋に傷を残す。
「いらないいらないいらないいらない!!!僕は!僕はっっ!!」
俺から見たキラは、泣いていた。
そして、謝っていた。
泣きながら、謝りながら、何かを求めていた。
いらないから。
もう欲したりしないから。
だから
だからと・・・
君を更にズタズタにする。
君が更にズタズタになる。
この部屋こそが、君の心そのもの。
この部屋の傷こそ、君の傷。
君の手で付けられるその壁の傷は、俺の付けた、君の心が悲鳴をあげた痕。
だから・・・・
土足のままの足を一歩又一歩踏み出し其の軌跡の先に身を投げる。
其の瞬間のザリザリとした足下の感触は、俺の心そのもの―――
たくさんの傷と痛みとともに、刻まれる・・・それは・・・