それでも平和な僕らの日常 24
この痛みの中、耐えられないほどの何かがあるのなら・・・
「キラ!!」
カガリの悲痛な声が僕を呼ぶ。
そうして、柔らかな感触が頬に触れて、温かな感覚が頬を包んだ。
それでも僕は、そこから視線をはずさない。
包帯の巻かれた肌。
体を包む白い服。
そこに横たわるその人は・・・。
「馬鹿だよ・・・・・・アスラン・・・」
つぶやいた言葉は、投げかけた相手ではなく、僕の隣に座るその人が受け止めて。
「馬鹿はお前だ!キラ」
「・・・・・」
そう怒鳴られて、ふと、気がつく。
隣にいるその人が誰なのかに。
「カ・・・ガリ・・・・?」
ぼんやりと視界に映るその人が、僕をまっすぐ見ていることに、なぜかひどく驚く。
「何で・・何でこんなことするんだ!!」
その頬に一粒の雫が流れていく。
それに僕は、やっぱりひどく驚いた。
「こんな・・・?」
「自分で切るなんて、何で・・!!」
嗚咽交じりの言葉と、視線、それからやさしく触れる指に、自分の腕の包帯に気がつく。
「・・・」
「しかも、アスランまで傷つけて」
「・・・」
無言でそれを聞きながら、視線をさまよわせる。
彼女と、ベッドの上の人物と、自分の腕や手とを、視界をさ迷わせて何度も何度も交互に見る。
「何で僕、生きてるの・・・・」
つぶやく。
ただ、何の気もなく、つぶやく。
それ以上何も考えたくなかった。
でも、言葉は終わらない。
「何でアスラン、僕のことなんか・・・」
「なんで・・・は、ないんじゃ・・・ない・・か?」
途切れ途切れな声がして、その人を見た。
まだ焦点の合わない瞳とぶつかって、動けない。
「アスラン!起きてたのか?」
カガリのほっとしたような声が、やけに大きく聞こえる。
「ああ、いや、起きた。君の声でね。まぁ、それはいいけど・・・」
そう一度言葉を切る。
カガリはそんなアスランの気配に、自分は黙るべきだろうと口を出さずに一歩引いた。
「ほんと・・・何でってのは無しだよ・・・キラ?」
「・・・」
アスランのなんともいえないその表情に、何を言うべきかもわからないまま口を開くが、言葉は何も出ないまま。
わかるのは虚無と絶望ばかり。
君に何を言えばいいのだろう?
どんな言葉を持っているというのだろう。
もう、何も考え付かない。
だから・・・
「だってわからない。君の気持ちも、カガリの考えも何も・・・何で助けるの?君が言ったんじゃないか。あの言葉を。」
「ああ・・・だからだよ・・・。助けたのは」
目を見開く。
わけがわからない。
だって、あれだけ深く抉って、それで、君が何もわかってない訳がなくて・・・なのに・・・
「傷つけて傷つけて、君をカガリから遠ざけたくて仕方がない。
俺は、お前が思うほどいい人間じゃないし、優しい人間じゃない。
黒くて、汚くて、冷たい人間だ。キラ以外、どうでもいいなんて、そんな事、お前知らなかっただろう?」
「・・・・」
「・・・!」
もう驚きすぎて、何も反応なんてできないまま、静かにその姿を見つめる。
何をそんなこと・・・
だって、いつだって愛想よく笑って、人に接してたその相手が・・・
「うそだと思う?」
そう笑うその人を・・・
だって、何時だって其の笑顔だった。
誰にでも、其れを向けて。
誰にでも、優しく接して。
何時だって、誰にだって、僕の前では・・・
前では・・・?
「・・・・・」
「知らなかっただろ?キラの前だけだって、知ってたら、お前そんな反応しないもんな。」
「何で・・・」
「又其れ?」
優しい笑顔が、失笑に変わる。
本当にわからない?と、其の目が訊いている。
だって・・・だって・・・
「・・・いらないもの。そんなの、君に言われたって・・・」
心底思う。
『好きだ』なんていわれて。
でも、そんなのいらないもの。
カガリだけ。
自分の世界はそれだけ。
そして、欲する事なんて何もない。
いらない。
だから、知らないままにしておいて。
「馬鹿者!!」
パシンッと、乾いた音と共に、怒鳴り声がすぐ近くでした。
「いらないなんて・・そんな・・・何でそんな風に言うんだ?何で嘘つくんだ?キラは・・」
泣きそうな瞳に気おされて、息を止める。
カガリの其の顔は、本気で怒っていて。
でも、言いたい事など解かりたくなくて。
だって・・・
「・・・そなんて・・・いてない・・・」
「?」
「嘘なんて言ってない!!僕は、いらないんだ。何もかも。
この学校での知り合いも、思い出も、心も、想いも、何もかもいらないんだ!
何も望まない。何もいらない。何もかも、僕のいた全てが消える事を僕は・・・望む・・・!!」
本気だった。
何もかも、望むことはない。
何もかも、消えうせて、僕のいたことなど消えてしまえばいい。
僕の居た其の穴も、いつかは忘れて消えてしまって・・・そうしたら、僕は
「馬鹿者!!」
再度其の台詞を僕に叩きつけて、カガリは僕に背中を向けるから、僕は・・・
「カガリッ・・・!?」
立ち上がろうとして、邪魔をされる。
追いかけようとした勢いは、反転して、僕を椅子へと縫い付けた。
「アスラン!」
苛立ったように怒鳴れば、
「行かせない。」
底冷えのする瞳に、見据えられた。
見たことのない眼差し。
彼の言っていた、僕の知らない、アスラン・・・?
でも、そんな事どうでもいい。
この、僕を縫いとめる腕が離れるのなら。
「離せよ。」
「嫌だ。」
「・・・」
「・・・」
無言でにらみ合う。
彼の行動も、言葉も、いらない。
だから、やっぱり僕の優先順位の最初を占めるのは、カガリだけ。
「離したら、お前、あいつの所に行くだろう。」
「当たり前でしょ。」
「だから駄目だな。」
解かってないんだから。と、言われる。
そんな事どうでもいいのに。
だから・・・
早く・・・
「うっさいな。君にそんな事言われる筋合いないよ!」
強引に振りほどこうとした瞬間。
「・・っ・・・・」
「・・・・・!?」
一瞬歪められた顔にひるむ。
其れは、痛覚を揺さぶられた瞬間の顔。
それでも声をあげないのは、彼の意地。
「・・・筋合いがなくても・・・いいさ。俺と、お前は、同じ場所になんて立っていたためしがないんだ。
でもな、同じ場所にいられないとしてもな、俺は、お前の其の手を、引き止めるよ。」
見たことのない笑顔。
さっきから見たことのない彼ばかり。
でも、今までで一番、印象に残る笑顔だった。
そんな事、どうでもいいはずなのに、どこかでそれが響いていく。
大きく振動して、震える。
震えて、怖くなる。
「・・・だ・・・」
「?」
「触るなっ」
顔に血が上るのを感じた。
目頭が熱い。