それでも平和な僕らの日常   27



「・・・・なん・・・」
「また其れ?君は結局、自分で人形になりきってしまうつもりな分け?なりきれもしないくせに。」

蔑む。
嘲り笑い。
そうして、ありたけの愛を抱きながら、全てを手に入れようとする傲慢な姿。

「もう無理なのに。」
「・・・・」

キラの頬に、チリッと何かが走った。
其れは一体なんだっただろうか?
私にはわからないまま。
此処にいるのに、舞台の外の、傍観者である事を強制させられている事に甘んじなければならなくて・・・痛い・・・。

「だってしょうがないじゃないか!!もう、わからないんだ。
ずっと昔からそう在るべきと言われて育って、違うんだって教える人間なんていなかった。僕にはだれも居なかった。
“僕”自身を見てくれる人も、育ててくれる人も、触れてくれる人も。誰も誰も誰も!!
僕はカガリのためにいた。そうやってずっと過してきたんだ。この手にあるものは・・・・何も・・・・」

どこかろれつの回らない子供のような叫び声。
際限なく見つづけてきた悪夢のように、その言葉は降りかかる。
自分は何を見ていただろう?
自分は何と対話してきただろう?
其れは・・・

「俺は、キラしかいらない。キラしか見てない。目に見える、ずっと隣りに居た幼なじみの・・・キラしか知らない。
それでも、お前の顔が、それだけじゃない事は理解している。」

まとまりのない言葉。
其れはもう、本当に何も考えずに、全て、浮かぶ言葉の全てなんだと、それがわかるから、嫌になる。
揺らぐ。
キラにとって、自分も、彼を見ていない人間の一人だと、目の前で言われてしまった。

「じゃぁ、お前の見てきたものも、感じたものも、願いも欲望も好きも嫌いも、全て全てお前の物ではないっていうのか?」

ゆっくりと、紡ぐ言葉の端々。
其処に、沈鬱で、苦々しい、批判があった。
そうして、彼の言葉の端々を、私は否定している。
強く強く。
そんな事はありはしないと。
だがしかし・・・

「なら、そんなものなら、誰のものになっても良いって事じゃない?」

歪みが歪みを産み、傷に爪を立てるように、アスランの言葉は続く。
砕けたガラスの破片のように、紡がれる。

「自分さえ、自分のものではないというのなら、君が、君の主でないというのなら・・・」

目の前の青年は静かに動き、手を伸ばした。
延ばされた手に、キラはビクリと肩を震わせ、半歩後ろへ下がる。
だが、その動きをとがめるかのように、手は顎を捉え、身動きをとらせなくさせた。

「俺が、お前の主になっても、文句はないのだろう?」
「なっ・・・」

意外な言葉の連続で。
歪んだ思いの乱反射で。
眩暈がしそうなほどだった。





ちっぽけな覚悟と、大きすぎるエゴ。

見たこともないような世界に呑まれて、息も継ぐ事ができずにおののく。

戦慄はやがて、心に染み込み。

君の言葉は、まるで、悲しみと絶望ばかりを降らす雨のようだ。


誰も知らない。
君さえ知らない。

そんな世界が、君を作ってる。









「なら、俺を好きになれ。それ以外欲しなくていい。」

目の前のそれに、耳を疑う。

世界は何時だって、寛容さも何も突き破って、いっそ清々しいほどの矮小さを見せ付けてくれるものだった。


そうして視界に入るものが、その緑翠の瞳だけであったなら、どんなに心は安らかであっただろうか?
この心は知る由もない。

だって、その背後に居る、自分に似た造型の、青い顔をした少女が見えてしまったから・・・・。

  自分がどうすべきか―――

「・・・!・・・」

ドンッと、手を突っぱねて、その体を突き放そうと腕を動かす。
しかし、其れよりも早く動いたのは、相手の腕。

  自分はどうあるべきか―――

だから、捕まれた腕ごと、体を引いた。
でも、易々と離れないその相手に、苛立ち、焦燥を募らせる。

「・・・はなっ・・・!」
「誰が放すか!!」

小さな競り合い。
弱りきった体はフラフラしてて思うように動く事ができない。
でも、目の前のそいつも体は―――傷の所為だろう、動きがぎこちない。
肉体的な疲労より、精神的な疲労が、どんどんと自分を追い込んでいくような、そんな感覚に囚われる。

恐ろしい。
逃げたい。
その感覚から・・・。

「どうして遠慮する!」
「?」
「カガリが居るからか?だから、本音を言わないのか!?
自分の欲しい物を、自分の求めた物を、何で手に入れる為に、手を伸ばそうとしない!?」

その問いには答えられなかった。
だってそれは・・・

「カガリが俺を好きだからか?」

大きすぎず、でも、小さくない声音で言われたそれは、確実に室内の人間には聞こえているのは明白で・・・
其れを、否定しようと息を吸い込むが、呼吸がままならない。
そんな事・・・

「そんな事・・・・」

そうしてずらした視線の先には、当のカガリが佇んでいた。
その顔色は、もう、蒼くはない。
でも、今度は赤くその頬を染めて、涙目だった。

「・・・本当は、そうだったんだろ・・・」

力なく、ソプラノの音が響き渡る。
瞳からはとめどなくボロボロと涙があふれていた。
彼女は・・・

「私は知ってるんだぞ。お前が・・・お前達が、何を、誰を、見て、求めているのか。本当は・・・」

その言葉に、今度は本当に息が止まる。

「だから、もう嫌だったんだ。お前は知らないんだ。こんな惨めな気持。
どんなに好きでも、思っていても、アスランはお前が好きなんだ。其れなのに、キラは何も見ないふりをする。
それが、私の気持を知っての事だと知っているから、尚更に・・・!!」

本音が零れ出た。
ずっと、奇麗事に上乗せされて隠されていた彼女の本音の一端。

「だから、ふられるために、前に進むために、お前に気付かせるために、私はお前とは歩かないって決めたんだ!」

涙は滝のように流れて。
本音は流麗な河のように流れ出る。

でも、そんな事・・・。

「そんなものいらない。欲しい物なんてない。そんなのくれなくたっていい。
人形のまま居させてくれれば良かったのに。人形のままで居させてくれれば、楽だった。
君のためだけに生きられれば良かったのに!!」
「そんなの知らない!キラが要らないと言ったって、もう聞いてなんてやらない。
私は、私の思うお前の幸せの形を、お前に押し付けてでもその手に握らせてやる。」

濡れた目で睨みつけられて、涙声で怒られる。
でも、そんなのいらない。
要らなかった。
だって、自分は・・・。

「お前は卑怯だ。勝負する事から逃げてる。完全に勝ち試合なくせに。だから、もういらない。知らない。
お前はもう、隠れ蓑がないまま、そいつと向き合わなきゃいけないんだ。
苦しくても、辛くても、誰も彼も、お前の言い逃れの材料にはならない。」

ごしごしとカガリは袖で顔を拭うと、ざまあみろと言って顔を上げる。

「お前は、これまで積み上げてこなかった分、一からたくさんのものを作らなくちゃいけないんだ。
でもな、絶対同情なんかしない。助けてもやれない。
ただ、大切な友人として、一人の人間として、私はお前と対等に並んで、別々の道で、生きる事を選ぶ。」

彼女は選び、僕は・・・

目の前の青年は、じっとカガリを見ている。
それに、どうしようもないのは・・・だって・・・

「特別なものが一生変わらないとは言い切れない。でも、当分は、変わりそうにもない。」

苦笑のような顔で、困ったような笑みで、アスランはカガリに言葉を放った。
それにカガリはやはり、似たような顔をした。

「ある意味一番嫌な道だな。」
「そうでもない。」

二人はゆっくりとこちらを見た。

「では、此処はひとまず退散するよ。でもな、これでも一応大切な兄弟なんだ。またわざと傷つけたりしたら・・・」
「ああ。せいぜい見限られないように努力しよう。」

話題の矛先を向けられ、困惑する。
どうしたって、だって・・・それは・・・

身動きの取れない僕をよそに、カガリはくるりと背を向けた。
そうして背中越しに少女は

「もう二度と、同じ道には戻れなくても、もっと優しい道があると信じてるんだ。
私は、アスランだけじゃなく、お前の事も大好きで、大切だから・・・」

首だけで振り向いて笑いかけられた。

「だから、もう今までにはこだわらない。お前が、私と同じ土俵に上ってくれたら、その時はまた、一緒に茶でも飲もう。」

清々しい啖呵だった。
彼女らしい・・・

隠し立てを許さず、逃げる事も叶わない。
厳しい言葉でも、とても・・・涙が出るほどに嬉しくさせられる言葉。


いつしか汚濁はこの壁の色のように塗りつぶされて。
いつでもその溝のような傷でできた醜さは、おごりの象徴として残りつづける。

言葉は、その歪みも、錆も、穢れも何もかも飲み込んで、どこかしらへ消えてゆくようだ。